2018年5月6日日曜日

九州始末

 今回と前回のセンゴク権兵衛の感想。


 旧臣と共に京へと越してきた権兵衛。そんな中、神子田が晒し首になっていると聞かされる。
 実際に見に行き、衝撃を受ける権兵衛。それは、同じ古参だからこそ秀吉に話しかけてはいけない時があるのに気が付かなかったのか。そして、この様な事が続けば秀吉が必要以上に恐れられてしまう、と。

 
 時代の変わり目か。武名名高い吉川元春、元長親子が相次いで死去した。そして家久もまた先は長くなかった。
 病で弱った彼の元に藤堂高虎が尋ねる。武名名高い家久に兵法を教わる為だ。
 彼は言った。瑜伽であると。戦場と一体化する。それが出来れば家の中に居ながら外に蝶がいる事を知れる。実際、家久の言う通り部屋の中に蝶が現れた。
 高虎は、関心し頭を垂れるのみであった。


 程なくして家久は亡くなった。小一郎に報告する高虎。そこで小一郎は豊臣が暗殺したと噂や逆恨みが無いように遺族や家臣に言い含めなくては、と言う。これに多少反発する高虎。少なくとも家久が子息はそんな人物では無いと言った。
 小一郎は、冷徹な物言いも天下の宰相としては必要である、と考えていた。自分は天下人秀吉の右腕であると自覚していたからだ。
 しかし、高虎はそれで手放してしまった術もあるのでは無いかと言い、家久から聞かされた、瑜伽、を話す。
 小一郎は笑った。そして、そういう事もあるだろうと言う。だが、結局勝ったのは武で導いた島津では無く、富で導く豊臣だ、そう続けた。


 小一郎と別れて、河原を往く高虎。そこには石合戦をする子供達が居た。
 一方は事前に盾を用意しており、相手を圧倒していた。逃げる子供達、勝負が決まったかと思いきや、押されていた方が左右に展開し、進撃していた方を半包囲して勝ったのだ。そう釣り野伏である。
 高虎は子供を捕まえ、知っていたのか?と聞く。子供は空から釣り野伏をせいと聞こえたと言った。
 高虎には聞こえなかった。それはそれだけ賢くなったと言う事か。高虎は今度権兵衛に会い、戸次川の事を聞こうと思うのだった。


 その権兵衛は大徳寺の古溪に呼び出されていた。一度は行きたかった大徳寺。それも高僧のお呼びなら行かぬ筈も無い。そうして生まれて初めての大徳寺だった、はずだった。実は権兵衛が先祖供養をやった時訪れていたのだった。猪武者の時代だった故に仕方ないのかもしれない。
 それは兎も角、古溪と対面するのであった。


 これで戸次川、九州征伐は終了ですね。
 あ、忘れてたけど、龍造寺は鍋島直茂が実質の当主になったり、大友義統が紆余曲折したり、島津では歳久が謀反を疑われて不遇の時を過ごし、義弘が実質当主、義久は完全な隠居では無く力を持ち、その後三殿体制になるとか描かれてました。
 これで九州の騒乱も終わりですね。まぁ、一揆とかあるけどね。佐々さんが可哀想になるやつね。

 時代が大きく変わる。そんな感じがしますね。それと何処か不穏な空気も。
 さてこのタイミングで古溪と会うのはどんな意味があるのか。楽しみですね。
 あと、小田原までどうなるかもね。

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