2019年7月21日日曜日

権兵衛と久太郎

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。

 寅の刻。空が白んで、夜明けが近づく。
 そんな中、権兵衛の元に掘監物が現れる。そして告げる、堀隊は退却する、権兵衛も退却の下知をするように、と。
 当然、権兵衛には理解出来ない。監物に仔細を聞こうとする。しかし、取り付く島もなく、監物は退却を告げる。
 権兵衛は久太郎はそんな奴では無い。そう思い、久太郎の元に行こうとする。しかし、監物は実力で止めようとする。
 そして、ついに権兵衛が謀反したと言ったのだ。
 仙石隊と堀隊との間に緊張が走る。それを大声で止めたのは森村吉であった。村吉は権兵衛がかつての猪武者では無いと言い。そして、堀隊も仙石隊や徳川を裏切らぬ、殿の知音を信じるように諭した。
 続いて藤兵衛も、権兵衛の友を見る目は秀でていると続けた。
 この言葉に監物は考えを改め、非礼を詫、権兵衛を九太郎の元に案内する。

 堀久太郎が乗っている船に案内された権兵衛。そこで見たのは、口から血を吐き、近習に支えれた久太郎の姿だった。

 早川口を守る笠原正厳は父、松田憲秀と協議していた。正厳はかつて国に背いた為、挽回を望んでいた。しかし憲秀は相手が堀秀政と知り、軽率に打って出ることに否定的であった。
 しかし、正厳の熱心な言葉についに折れ、秀政の首を取るように言うのだった。

 
 堀久太郎は息も絶え絶えであった。しかし、彼は戦うつもりであった。そんな久太郎に権兵衛は馬鹿を云うな、と言った。権兵衛を指差す久太郎。権兵衛にはその意図は直ぐにわかる「お前が言うな」である。
 権兵衛は、久太郎の状態を見て、退却を決める。それは久太郎の求める美しい戦では無いからである。
 権兵衛は殿軍は自分がすると言う。出会った時を思い出し、久太郎に命を拾ってもらったから、そう言った。
 久太郎は脇差を抜き、権兵衛に向ける。それはまるで、出会った時に刀を向けどう生きる、と問うた時のようであった。
 権兵衛は、わかっとる、と答えた。

 権兵衛は監物に退却と殿軍の話をする。そして、旗と武具、城攻めの用具も一応残すように言う。更に、池田隊へ策の中止を伝えるように頼んだ。
 監物は完遂したら、殿軍の武功を申し上げると約束した。

 後の石垣山では城普請が大急ぎで進められていた。それを見回る秀吉。
 今朝は掘隊らが抜け駆けの城攻めが行われる日。秀吉は名人久太郎のお手並み拝見と言うのであった。

 北条側、笠原正厳に、敵の退却が伝わる。しかし、相手の旗印は掘である。久太郎の謀を警戒して、まずは射撃に務めるのであった。

 権兵衛達は盾で防御しながら、浅瀬に乗り上げた船を押していた。
 戸次川よりましだ、と言いつつ味方を鼓舞する権兵衛。
 見事、船を浮かす事に成功。続いて武器弾薬や攻城具を船から受け取る。
 受け取った鉄砲を権兵衛は謎の覆面男に渡す。そう妙算である。
 権兵衛は知ってか知らずか彼に言う。挽回の助けに来てもろうたが失敗だと。
 そして言う。邪気払いにあの虎口を攻めないか、と。
 妙算は言う。いいんじゃないか、と。


 とうとう、虎口攻めが始まりますね。
 久しぶりの登場の九太郎はもうすでに……って感じですね。五月の終わりには亡くなっているでしたっけ。あの時出会った二人の運命がここで分かれる、って事ですかね。ものすごい伏線回収ですね。
 因みに、久太郎がここで亡くなるの全然知らなくて、小田原城近辺をマップで調べていたら……それで権兵衛と久太郎なんだな、とガッテンがいきました。

 権兵衛は殿軍と言っていたけど最初から自分たちだけで虎口を攻めるつもりだったんですね。それが権兵衛の生き方、なんでしょう。
 妙算の事も気づいている、ですよね。権兵衛の事だから気づいてなくてもおかしくないけど。後、可児才蔵もいたから、虎口攻めに加わるのかな?

 とにかく、いよいよ挽回の為の戦いが始まります。

2019年7月7日日曜日

そして夜は空ける

 今週のセンゴク権兵衛の感想。

 波風に紛れての仕寄り作りは北条に気づかれすに進むかと思われた。
 しかし、氏直は篝火をけさせるのであった。
 氏直は新月の夜襲を警戒していた。故に、目印になる篝火を消させるのだ。
 配下の者は自軍の監視が出来なくなると難色を示す。しかし、氏直は味方は信じるもの、と言う。そして、兵が守護を怠るのは北条の政に怠惰があるのだ、と言う。

 北条の篝火が消えていく。
 襲撃の第二陣の池田隊は困惑する。敵に夜襲を看破された懸念が生じる。
 照政は第一陣の伝令を待って判断することにする。夜襲の断念も視野に入れて。

 篝火が消えた事は、第一陣の仙石隊にも不安の種を与えた。
 直後に敵から発砲される。敵に気付かれた、皆に緊張が走った。
 しかし、とある者が言う。威嚇射撃だと。
 権兵衛はその通りだと思い直す。しかし、物言いが不遜であった為に、明るくなったらぶん殴ると言った。
 権兵衛は威嚇だ、と言い配下の者達を励ます。
 そうして、発砲音が鳴り響く中、仕寄の制作が再開される。

 北条方は気づいていた。それを確かめる為の発砲であった。
 早川口の担当の笠原正厳は報告を受けると、父と評定すると言い、現場を離れる。
 配下の者達は威嚇をやめ、明け方の襲撃に備える事にした。

 仕寄も出来、万全の態勢に思われた。しかし、掘監物より知らせが届けられる。どうやら良くない知らせのようだ。


 順調っぽいけど、敵方も着実に備えて来てますね。厳しい戦いになりそう。
 そして掘隊より齎される報告は何かな?
 池田隊が引いたか、それとも久太郎に関する事かな?その時はもう少し後みたいだけど。
 それと、妙算がいる事は確定かな?この後、どんな会話するか楽しみですね。

 いよいよ、夜明け。不安な事も多いけど、この後が楽しみですね。

2019年6月23日日曜日

渡河開始

 今週のセンゴク権兵衛の感想。

 早川渡河。その評定を開く前、権兵衛の前に一人の男が現れた。伊賀衆の仁江である。
 付近の物見をしていたのだ。仁江は情報の引き換えに、掘秀政へのおとりなしを権兵衛に要望する。権兵衛は快諾して、仁江も評定に加わるのだった。

 評定は権兵衛に管平右衛門、仁江。そして、堀家からは掘直政が加わった。
 まずは仁江が物見の報告をする。
 今宵は大潮。満潮は深夜である。仕寄の予定地は草摺まで水没する。
 そして早朝寅の刻より潮が引き始め、二刻後の辰の刻には干潮になる。
 平右衛門は言う。
 深夜に陸風にて海に出て、上げ潮で川に侵入し仕寄を作る。引き潮になるまでに完成させる。
 掘直政が続けて言う。
 新月の闇夜、潮入の音に紛れて水没地に仕寄を作る。そうすれば、北条は朝に突然仕寄を見ることとなる。名付けて「一夜仕寄りの計」である。

 懸念されるのは座礁だが、平右衛門曰く、やらなきゃわからん。
 また一回に渡河出来るのは五百が限界である。こちらには、直政は問題ないと言う。
 
 兎にも角にも、出鼻で挫けば策は台無しである。更に豊臣徳川間にヒビが入る。
 権兵衛は言う。その時は目付の自分が責任を負う、と。そして皆の力を信じる、と。

 覚悟は出来ていた。すべてを背負う覚悟をするため七千九百度も参っていたのだ。
 今度は逃げん、そう覚悟する。

 五月朔日、宵。
 星空は見えるが、波風は高かった。しかし、平右衛門はこんな時渡河するとは敵も思わないと言う。
 仙石隊、掘隊、牢人、合わせて五百騎が船に乗り出港する。
 それに合わせ伝令が池田、黒田、徳川の順に走る。
 大荒れの海、敵の篝火を目印にしつつ進む。そんな中、船が止まり座礁する。
 しかし、平右衛門は慌てない。座礁するなら、ここが陸だと言う。そして、権兵衛の勘もそう言っていた。
 権兵衛達は暗闇の中、荒れ狂う早川に入り、仕寄を作り始める。



 まさかの、仁江の再登場ですね。本当に様々な縁が繋がってますね。
 そしてもう一人、船に乗った男が気になります。最初は秀政だと思ったけど、妙算っぽくもあるんですよね。誰なんでしょうか。
 荒れ狂う川の中、仕寄の制作を開始しましたが、すんなり行くのでしょうか?今後がたのしみですね。
 
 そういえば一夜仕寄りの計って一夜城みたいなものですね。そういえば、まだ石垣山城は出てないですね。ただ本陣を造っているってだけで。これが伏線になるのかな?

2019年6月16日日曜日

再びのヤマイヌの計

 センゴク権兵衛第139話と140話の感想。

 
 官兵衛が家康に提案したのは「ヤマイヌの計」。
 囲んでいる味方で城に一斉に迫り、混乱させ、虎口を取る策である。
 そして、官兵衛は家康も同じ考えに至り、徳川と豊臣の連繋の取次役として自分を呼んだと推察した。

 官兵衛は権兵衛を伴って諸将の根回しに向かう。因みに権兵衛は土下座担当との事。
 
 北東の信雄は目上ゆえ動かぬ。北は官兵衛が受け持つ。問題は北西、山中城で疲弊した面々であり、了承は得にくい。さらに宇喜多は立場上殿下の命令なしでは動けない。了承を得るのは困難である。

 結果は官兵衛の予想通りであった。とは言え、想定内である。
 西は池田隊の了承を得た。残るは南西の堀秀政である。官兵衛は、彼も山中城で兵を動かしているので、了承を得るのは難しいと考える。しかし、権兵衛は秀政は皮肉を言いながらも了承するだろうと言う。

 権兵衛の言う通り、了承は得られた。しかし、官兵衛にすら会わなかった。豊臣内での派閥争いが為か。だがそれにしては、なぜ援助を了承したのか。官兵衛は訝しんだ。
 だが、権兵衛は言う。性根は変なやつだと。かつては狂太郎と呼ばれていた、と。

 とかく、四方の仕寄りは完成した。
 堀隊より攻撃を開始し、池田、黒田と攻撃を順に仕掛け、最後に徳川が渋取口前の出曲輪を取る。決行は五月朔日の新月の夜である。

 権兵衛とその配下達に、遂に挽回の刻が巡ってきた。

 北条氏直は言う、晦日朔日の新月に気を付けろ、と。本能寺の変も新月の夜陰に行軍し、翌二日に決行された。豊臣もまた、夜陰に紛れて城攻めをするだろうと予測したのだ。
 そして、どの虎口が責められても混乱せずに、己の持ち場のみを守れと言う。
 そんな氏直を見て兵は、宗瑞公の生き写しと称えるのであった。

 豊臣軍の兵站はギリギリであった。数ヶ月では落城せず、冬に入り雪でも降れば包囲不能になる。そして、退却すればそれこそ北条の待望の時であった。
 北条の戦法は敵の撤退時の追撃戦。謙信の時も信玄の時もそうして防いできた。
 それは一度攻めかかれば退くことは赦されないのである。

 家康と正信の元に権兵衛が呼ばれる。正信は権兵衛に一つ気がかりがあると言った。それは秀政に会えなかった事である。家康や正信は彼の裏切り、すなわち兵を出さない事を気にしていたのだ。そして言う、腹を斬る覚悟はあるか、と。
 権兵衛はわかりました、と言った。
 家康は言う、秀政のために死ぬのかと。
 権兵衛は言う。死ぬ気は無いと。そして秀政が裏切る事は有り得ないと言う。秀政はひたすら「巧みに美しゅう」働くことしか考えてないから、そう権兵衛は語るのだった。
 家康は理解し、続けて命を下す。掘隊の目付となり、その後、池田、黒田と伝令に走り、最後に徳川の陣に戻れと。

 自分の陣に戻って、命令を伝える権兵衛。その手には高野山の者達から貰った鈴を着けた陣羽織があった。これで目立つ為であったが、部下たちには不評であった。そんな事もあり、着るのをやめようと考えると今度は皆が着るように言ってくるのであった。

 さて、秀政の陣に行き、早川口を眺める権兵衛。
 しかし、この場所は早川の河口。作戦の決行時には潮の影響で陸地は水没、更に潮の逆流も有り得る、難関の地である。如何に渡るのか。
 権兵衛はすでに手配していた。かつて戦った管平右衛門に書状を送っていたのだ。
 現れた平右衛門は面を合わすと直ぐに、権兵衛に強烈な拳骨を食らわす。そして、言う本能寺の変の時に助命した借りは返したと。


 鳥取城でも使ったヤマイヌの計、再びですね。
 順調に策の準備は進むも、北条は何か仕掛けてくることを読み、兵に動揺するなと命令を出してます。うまくいくのか、難しそうですね。
 
 権兵衛としては、縁も繋がり挽回の時に向けて進んでます。平右衛門の助けも得られました。あとは、可児才蔵や妙算がいつ出てくるかですかね。そこも気になります。

 そして久太郎。未だ顔を見せてないけど、この先どうなるか心配ですね。何かしらの見せ場はあるとは思いますけど。

 兎にも角にも、その時が楽しみでなりません。

2019年5月26日日曜日

力攻めへの方策

 今週のセンゴク権兵衛の感想。

 遂に、小田原を包囲した豊臣軍。蟻の這い出る隙もない、空前絶後の包囲網。
 しかし、北条の士気は依然高いままであった。
 秀吉は官兵衛に訪ねる。辯士衆を使った、敵の士気を下げる作戦はどうなったかと。
 官兵衛は答える。民衆の北条への忠誠のが勝っていると。
 内部崩壊をさせる事は出来なかった。と、なると力攻めしかない。
 だが、山中城でさえ多くの味方が犠牲になった。その倍近い大きさの小田原ならどうなる事や……。圧倒的優位にも関わらず、豊臣軍は攻め倦ねるのであった。

 当初は楽観していた秀吉だが、長期戦になると考えを変える。
 その中で、自分だけでなく、諸将の妻子を呼び逃亡や謀反を出さぬようにする。
 そして、そんな中、家康や信雄が謀反すると言う風聞が飛び交った。

 家康を訪ねた秀吉。無論、家康はそんな事はないと言い切る。しかし秀吉の心配はそこでは無かった。その風聞が飛び交っている事自体、北条が優勢と民衆が思っている。そう秀吉は考えるのだ。
 秀吉は続ける。力攻めはしたくない。しかし、敵に力攻めがない、と思われるのも良くない。然らば、誰かがこの役を買って出ないだろうか、と。
 家康と共にこれを聞いた正信は、徳川がやれ、と聞こえた。しかし、家康は実際に口にはしてない、と言う。そして秀吉は、勝手に勇んで力攻めする者が入れば、その勝敗に関わらず豊臣の威信は傷つかない、そう考えているのではと言う。

 秀吉の命を受け、官兵衛は渡辺了に会っていた。先走って戦う者を探していたのだ。
 しかし、渡辺はこれを断る。山中城で黄母衣衆に手柄を持っていかれた事に立腹していたのだ。さらに渡辺は、自分は中村家の者、やるなら官兵衛自身の家来を使えばいいのでは、と言ったのだ。

 渡辺に断られた官兵衛。次に思い出したのは権兵衛だった。しかし、今度負けたら打首にせんわけにはいかない。ないな、と思い苦笑する。
 そんな彼に、人の面をみて苦笑いするなとのいちゃもんが飛んでくる。なんと、今考えていた人物、仙石権兵衛その人であった。
 どうやら、権兵衛は官兵衛を探していたのだ。その目的は徳川からの伝令だ。
 曰く、徳川が力攻めを買ってでるとの事だ。
 官兵衛は驚き、嘘ではないかと訪ねるが、本当だと言う。
 曰く、負けなければよい。すなわち、虎口を落として勝ちにすればいいとの事だ。
 官兵衛は、権兵衛がかなり話を端折っている、と言う。しかし権兵衛は賢ければ、一を聞いて十を知れと開き直る。
 そして、城攻めの助言を官兵衛から得るようにとの家康自らのお達しである、と言う。
 権兵衛の話を聞き、家康のお達しとあれば謹んでお受けいたすと言ったのだ。


 と、言うわけで繋がる縁の中で、着々と権兵衛の逆転劇へと進んでますね。

 有利に進めているはずの豊臣が逆に攻めあぐねています。実際、兵站はギリギリと言う話は聞きますね。もう少し粘っていたら豊臣の方が瓦解してたとか。終始、豊臣の優勢って話が多いけど実情は違うものですね。大坂冬の陣でも徳川の士気がダダ下がりって話も聞くし、包囲するだけって包囲する側も大変なんだろうな。血の気の多い者達にとっては尚更。

 とにかく、様々な縁が結ばれ早川口の戦いへと繋がって行きそうです。堀久太郎の出番に期待しつつ、次回を楽しみに待ちます。

 

2019年5月6日月曜日

次々と結ばれる縁

 センゴク権兵衛136話と137話の感想。

 豊臣による小田原包囲が着々と進む中、権兵衛は山中城に戻ると言い出す。
 曰く、織田家名物試し合戦だ、と。

 先の城攻めで味方にも大きな被害が出た。だからこそ、次の小田原で被害を減らす為にも学び直すのだと言う。

 当初は不満だった部下も、試し合戦が始まれば皆夢中となった。
 滑る赤土、馬出しの仕掛け。仙石隊は北条の城を体験し、学ぶのであった。

 と、そんな彼らを見る者が。
 山中城の縄張図を描いていた黒田官兵衛である。官兵衛は殊勝な事、と言い。追い出しますか、と言った部下に対して不要と言うのであった。

 一方、大友吉統。山中城の木材を本陣に使おうと考えていた。しかし黒田官兵衛がいる事を知ると部下たちに山中城に近づくなと命令した。

 そんな中で、徳川より陣借りの許しがもたらされる。
 しかし、権兵衛は試し合戦を優先する。権兵衛は修練の大切を知っており、且つ皆が楽しんでいるからこその判断である。

 様々に結ばれた縁が、何かしらの実を結ばんとしていた。

 嘗て権兵衛と相見えた管平右衛門は早川の河口を調べていた。

 嘗て権兵衛と共に戦った可児才蔵は不貞腐れていた。韮山城を包囲する福島正則の陣に属しているが、単身小田原に乗り込むか、そう言う。

 そして、根来の僧も小田原へと向かっていた。

 本多正信より権兵衛の事を聞かされる家康。何処かで聞き覚えがある、と考える。すると口にした言葉は、糞。
 思い出したのは三方原。共にもらした権兵衛を思い出したのだ。
 家康は試し合戦が終わり次第、来るように権兵衛に伝えるのだった。

 総構を持つ小田原城。これを包囲する難点は東側。城の近くを通って進軍すれば、当然迎撃されてしまう。それを防ぐためには尾根伝いに進軍しなければならない。
 そしてその先、多古白山台地。小田原城を見渡せるここに家康は陣を築いた。
 しかし、豊臣はそこを織田信雄の陣にしようと考え、徳川を更に南へと陣を移すように要求したのだ。
 せっかく築いた陣。しかも南の平地は北条軍より攻撃される危険地帯。受け入れづらい要求だ。しかし、家康は受け入れざるを得ないと言う。
 
 徳川は酒匂川と山王川に挟まれた湿地帯の今井に新たな陣を構築し始める。仕寄りを造って安全を確保し、普請を開始する。
 しかし、敵の攻撃は激しく、陣を造るにも湿地帯で難しい。榊原康政は織田や豊臣に不満を言う兵を宥める。だが、本人もまた強い不満を抱えるのである。
 本多忠勝には支城攻めの命が下る。彼もまた不満を抱えつつ、命に従うしか無いのであった。

 試し合戦を終えた仙石隊が小田原に現れる。徳川の陣と思って来てみれば、すでに織田の陣に変わっていた。なので、織田の陣を後にして徳川の陣に移動する。その背後から、織田の兵が背中に気を付けろと小さな声で言うのであった。

 徳川の陣についた権兵衛たち。だが、まだまだ築城途中であった。そして、普請をしている者たちは皆、豊臣に不満を抱えていた。それどころか、豊臣に弓引くとき徳川に味方するか、まで言うのであった。
 徳川の不満。それは権兵衛にも理解できた。権兵衛は普請してる者と同じく泥の中に入る。そして言う。しんどい役目だが、成功させれば秀吉も出世させるしかない、と。
 自分も無茶な命令をこなし出世した。しかし、失敗して牢人になった。
 堪忍料を渡されても、誰にも必要とされないのは辛いと言う。そうして、徐々に権兵衛の話は愚痴へと移行する。
 権兵衛の愚痴を聞いて、毒気が抜けたのか、徳川の者は落ち着きを取り戻し、権兵衛に家康の居場所を答えるのであった。

 これを物見櫓から見ていた正信は家康に見所があると進言する。
 兎にも角にも人払いをして、家康と権兵衛の謁見が始まる。

 三方原以来の二人。
 家康は言う。陣借りにより三方原の借りを返した事にしていいのかと。権兵衛はそれで良いと言う。
 家康は更に言う。新たに頼みたい事がある、と。それは使番である軍使になって欲しいとの事であった。もちろん、権兵衛は了承する。そして、家康は関兼永の刀を与える。
 家康が権兵衛に望むこと。それは徳川と豊臣の仲を取り持つ事であった。


 遂にこの時が来た。って感じですね。これまで権兵衛が関わった人が多く出て、いよいよその時も秒読みですね。妙算も出るみたいで楽しみですよ。可児才蔵はずっと出ていなくて驚きでしたね。
 そういえば堀久太郎が全然出ないですね。たしかこの合戦中に……だからどこかで権兵衛と会いそうな気がするんですが。

 そして家康。若干気を置いている感じがします。三方原を思い出したせいか、それとも牢人の権兵衛なら肩肘張らなくてもいいと考えたのかな?
 いろいろ大変だけど、すっかり大大名の貫禄ですね。

 はてさて、いよいよその時が迫りそうで楽しみですよ。権兵衛の挽回劇、楽しみです。

2019年4月21日日曜日

二人の鬱憤

 今週のセンゴク権兵衛の感想。

 権兵衛は長丸に連れられ河原で石投げをしていた。
 長丸は権兵衛の事をよく調べていた。権兵衛は賢しいと言い、同時に忠告する。以前の自分だったら「九州で敗北」と聞いたら激怒し、叩き斬っていたと。
 長丸は何故斬らないのかと問う。権兵衛は自身での悩みや様々な人との出会いと助けにより辛抱が効くようになったと言う。
 権兵衛は長丸が三成に似ていると言う。悪意は無い、忠心もある、しかし人を腹立たせる性格。故に、奉行衆になり出世すべきと言う。
 しかし、長丸は三河武士に囲まれて育った故に戦場で駆け駆け回る武者に憧れていた。
 
 そして長丸は話を言い淀んだ。権兵衛は聞き流すと言う。それを受けて、大きな石を川に投げ入れると、話を続けた。
 父、家康は秀吉より銭を受け取っている。
 権兵衛は小牧長久手の戦から国を建て直す為の銭だ、と庇う。しかし、長丸はそれ以上に家臣達に秘匿しているのが納得出来なかった。
 権兵衛は言う。話を聞けば、銭を突っ返して豊臣と戦をせい、枕を並べて討死して国を滅ぼす方がマシ、そう言い始めるだろう。
 長丸は言う。自分も同じ気持ちだと。

 権兵衛は子供ぐらいある大きな石を川に投げ込む。そして、自分も同じだったと言った。だが、それで失敗し数え切れないほどの仲間を死なせた。こうして戦場に戻って武功を立てても、仲間は還らない。それに汚名も晴れぬし、恨みも消えない。
 長丸は問う、何故戻ってきたのかと。

 河原からの帰り道。権兵衛は答えた。未だに迷っている、と。
 ただ、良縁にはまった時まで腐らんように待つだけだと。

 しばらく歩くと一面のすすきが生えていた。遠くで茶を点ててる者がいる。
 道行く者にこの地の事を訪ねる。曰く、千石原だと。
 かつて源頼朝が「この草原を開拓すれば千石はとれよう」と称えたという。
 権兵衛と長丸は奇妙な縁を感じ、手を合わせるのであった。

 徳川の陣に帰り着いた長丸。賢人では無いけど、権兵衛との会話は得るものがあった。
 そして、父に陣借り出来るよう部下を通じて要請するのだった。

 秀吉はついに小田原の眼前まで兵を進めた。韮山城を攻囲していた信雄を、一部を残し、呼び寄せた。そして笠懸山に登り、小田原城を見下ろし、本陣となる巨城の築城を決定する。
 北条征伐もついに大詰めとなったのだ。


 秀忠の独白と権兵衛がなんとなく掴んだものを語る回でしたね。
 いろいろ迷いながらも、時を待つ権兵衛は等身大の人間って感じでしたね。成長してないようですけど、待つ事が出来るようになったのは立派な成長ですよね。
 後、秀忠が三成に似ている、ちょっと笑ってしまいました。豊臣と徳川で立場は違うけど考え方は一緒なんだなぁ、と。確かに秀忠は政治家として評価されていますからね。
 それと、さりげに権兵衛を賢くないって言ってる。秀家も似たこと言ってたけど。

 小田原戦もいよいよ終盤。徳川に陣借り出来た?権兵衛の活躍、楽しみです。