2020年4月5日日曜日

法の国に残るもの、銭の国の行く末

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。

 六月初旬、家康と信雄により開城交渉が進められていた。
 朝敵北条だが、信雄は敵意が沸かず、寧ろ惻隠の情が沸くと言う。
 自分も家康も北条も秀吉に煮え湯を呑まされた同士ではないか、そう家康に言うのであった。
 信雄の見立てでは、氏直は降伏開城の心積もりと見る。しかし、周囲への説得が困難であると考える。北条の統治が善政である程に降伏の説得が難儀である、と。

 六月二十四日、韮山城が開城。家康は韮山城城主氏規に北条降伏の説得を託すのであった。
 だが、交渉は続くされど進まず。

 氏規は氏直に説く。
 応仁の乱より百二十年余り、北条家は百年をかけて法の大国を築いた。一方で、幾百万幾千万の人の中からそれを凌駕する天才が生まれた、と。
 氏直は言う。支城はほぼ全て陥落。更に前代未聞の城が突如現れた。
 その威容を見て降伏に傾く者、それでも猶徹底抗戦を唱える者、両方現れた。このままでは民衆が対立の末に同士討ちになる。そう氏直は危惧する。
 氏直は北条の家名も自分の身も残すことは出来ないと考えている。唯一の望みは民の心に何かが残るか否かであった。
 正しき側が負けると知った時、神仏を信じる心をも失った時、民はどうなるか。
 百年で築いた法も用無し。法は国の在り方を示すもの、北条家そのものであった。その法も術なく豊臣の銭に負けたのだ。
 宗瑞は新しき法の国を創った。しかし、その国も古くなり、一方で機内に新しき政権が生まれた。新しきが古きに勝つ、我らの国は滅ぶるべくして滅ぶ。
 民の心に何が残ろうか。

 氏規は聞く。敵の一夜城を見たのか、と。氏直は見ずともわかる、と言う。
 氏規は更に聞く、一夜城を見る民衆の目を見たか、と。
 返事を待たずに立ち上がる。見ずともわかるとは悪い口ぐせよ、そう言って氏規は氏直を外に連れ出した。

 氏規は言う。全ての民衆が心折れて降伏に傾いたのか、魔の城を見て憎悪の念に駆られているのか。民衆の中には敵の一夜城の美しさに目を奪われた者もおる、と。
 氏規は氏直に見るように促す。
 豊臣の一夜城、悪逆なる敵が卑しき銭を撒き咲かせし花にござる、そう氏規は言った。
 民衆の一部は心が傾くどころか動いている。善悪敵味方を越えて人の為す力に感動しているのだ。心に何も残らないはずがない。
 汚れた心で咲かせし花がかくも美しい、いわんや清き心で咲かせし花が誰の目にも留まらない事などありえない。
 虎の印判を捺されし北条の法、その法に育まれし民衆、民そのものが清き花。
 民は氏直程賢しくないが、氏直より厚みのある心の襞を持っている。
 故に、時に暴走してしまう、そう氏規は締めくくった。

 氏直は父、氏政に会う決断をした。

 氏政の下に赴いた氏直。驚いた事に既に氏政は来るのを待っていた。しかも屋外にて。
 案内された先は屋根の上であった。氏政はかつて宗瑞が屋根の上で東に行けと天のお示しを受けた話をする。神仏を信じぬ氏直は大方、室町殿の京兆あたりに命じられたのでは、そういいながら屋根に設えた椅子に座る。
 氏政は初めからそのつもりで虎朱印を受け取ったのか、そう聞いた。
 氏直は氏綱公遺訓第一条の一節を持ち出し言う、義を捨ての栄華より義を守り滅亡すべし、と。
 氏政は越度があったのは自分だと言った。自分は愚かな当主であり、花一輪すら捨てられない。見渡せば数えきれないほどの花があるのに。もっと早く豊臣の傘下に入るべきだったと猛省する。
 しかし、氏直は言う。それで北条家を保ったとしても、やがて民衆の心が離れ、いずれにせよ北条家は潰えた、と。なぜなら、自分が花一輪大事にしない当主だから、と。
 氏政は言う。日本一評定をして来ただろう、しかし親子の会話は初めてだ、と。
 北条家を守る為、働いて来たが法の学びを怠ってしまった、民を導くのは難しい、そう呟く。故に聞く、文庫に入り浸り法を学んでいた氏直に。
 氏直は答える。鎌倉執権家が滅びた要因。それは式目の第五条の一文により滅んだ、と。
 その法は年貢の不払いについてであった。少額なら速やかに払え、しかし多額であれば三年の内に払うべし。困窮者救済が為の三年猶予であった。しかし、銭に賢しき富裕者がその一文に付け入ったのだ。
 富裕者はこぞって年貢の三年猶予を申し出て富を蓄える。その富を貸与して利息分を更に蓄える。そして三年後に年貢を払い、また三年の猶予を申し出る。そうして富をまし商人の地位が上がり、逆に御家人は没落する。それが執権家の滅亡の原因となったのだと。
 そして時は経ち、室町殿が治世。
 京の都は土倉の時代。幕府は土倉に課税する。しかし、庇護もした為土倉はそれまで頼っていた寺社と手切れした。
 さらに数多の人から銭を集め経営する合銭により莫大な富を手に入れた。これにより、貧富拡大の混乱が起こる。そこに、一揆に徳政令要求、権門勢家の強欲、大飢饉。
 もはや法も役目を果たさず、その挙句が応仁の乱であった。
 因果であるか、大乱を境に数多の土倉は姿を消してしまった。
 そのころの京で政を執っていたのが細川政元であり、宗瑞であった。
 政元は土倉と手を結んだが、宗瑞はそれを嫌い東に向かった。政元と土倉は衰退したが、宗瑞は新たな国を創る事に成功した。法の国北条である。
 銭の病は法一文の隙に付け入るもの。それをさせまいと代々法を積み上げてきたのである。
 長く語った氏直。
 氏政は言う、されど銭の病は殲滅に至らぬ、と。
 氏直は言う、応仁の乱の終わる頃、堺商人が遣明船を出している。海の外から銭の病がやってくる。その力を利用したのが織田信長であり、豊臣秀吉なのだ。
 得心のいった氏政。そして氏直に言う。いずれ豊臣も銭の病で滅びる、と。
 氏直はそれが見る事が出来ぬのが心残りと言う。
 氏政は笑った。そしてこれが親子の会話か、と朗らかに言うのであった。

 
 なかなか読み応えのある回でした。
 これまでの銭と法の話の集大成、って感じがします。
 法を守るものより、法の抜け道を見つける者が富を稼げるとは今も通じる事ですよね。
 銭と言う強すぎる力。一度、流れが止まれば為政者は高転びしてしまいます。信長から秀吉と人は変わっても、その恐ろしさは変わりませんね。
 一応、秀吉の生きている間は大丈夫だったけどね。
 さぁ、いよいよ北条降伏であります。ただ、この先の事を考えると、徳川が北条の後継者、になるのかな。そうなれば、二人が見えなかった先が、家康により実現する、のかな。
 次回も楽しみです。

2020年3月15日日曜日

北の伊達者

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。

 まだ五月であった。
 しかし秀吉は小田原城の陥落は年内は難しいと考えていた。勝負は来年、そこで妥協なしの降伏開城で決着を望んでいた。
 この頃の秀吉の書状には味方に対する温情がある一方、敵の撫で斬りを求める残虐性があった。相反する二面性があった。

 前田利家と浅野長吉の二人に面会する者がいた。伊達政宗である。
 浅野は政宗が恩赦されるか、処罰されるかは分からない。秀吉の心一つと言う。
 だが政宗はそれより、背後の花入れに気を取られていた。政宗はそれが利休の新作なのではと思ったのだ。
 話を聞かない政宗を注意する前田と浅野。しかし、自分は「いだて」と言い、逆に花入について聞こうとするのだった。

 秀吉は諸将の慰撫の為に宴を開いたり、様々な遊興の店を開かせた。
 如何に退屈に耐えるか、楽しく遊んだ側の勝ち。そんな合戦であった。
 秀吉も茶々と遊ぶ。そこには、茶々や鶴松を労わる優しい秀吉がいた。
 
 一方、竜子に対しては真逆であった。
 茶々をかどわかす真似は程々に、と説教をすると、秀吉は頬に平手を食らわした。
 そして強引な攻めに出る。
 竜子は城兵を皆殺しにして何が惣無事か、と言う。
 秀吉は言う、日本で一番賢いのが自分であり、日本をどうするか唯一憂いている。だからこそ、涙を呑んで皆殺しにしないといけない。殺し合いが続かぬように、鶴松の為にも。そう傲慢に、竜子を攻めつつ言うのだった。

 そして六月に入る。
 北条だけではない、豊臣陣営からも欠落者が相次いでいた。
 そんなおりに政宗が会見の支度が出来た、との報告が上がった。

 伊達家は北条家と同盟を結んでいた。しかし、迷った末豊臣に加わる決意をしたのだ。
 しかし、遅参と葦名氏を攻めた惣無事令違反。この二つは処刑されても致し方なきものだった。
 秀吉は奉行衆に巨細を聞いた。何故、遅れたのか、何故それほど臣従を渋る程に優柔不断なのに、かくも堂々と惣無事違反を行ったのか、そう問う。
 曰く、惣無事違反は見解の相違。そして遅参は装束選びとの事。参陣も大量の衣装櫃と共にしていて、今の今まで夥しい数の中から今生の一着を選んでいたとの事であった。
 秀吉は興味を覚える。鄙の大名が都の貴人相手に選りすぐりの装束を披露する事に。

 付け髭をした秀吉は椅子に座る。諸将が集った会見の場。そこに政宗が現れる。
 どんなバサラ衣装で登場するか期待する秀吉。そこに現れたのは白装束の政宗であった。

 秀吉は死装束か、と言う。しかし政宗は否と答えた。
 都の天上人にお披露目すべく、田舎大名伊達左京大夫めが身命懸けて「美」を追求した装束にごさる、そう政宗は言うのだった。
 秀吉は頭に飾られた花を見る。サルスベリであった。
 これは、政宗が秀吉の器量を見極めようとしている。そう推察する。それは若いころの自分と同じであった。
 秀吉は髭を取り、腹を割って話そう、と言う。
 秀吉は美や幽玄は慰めにすぎぬと切って捨てる。花より実、政こそが本、美は二の次。秀吉は政宗の才覚を見て処断を決めると言った。
 まずは惣無事違反。政宗の弁明、それに対する諸氏への裏取り調査。それらを総合した結果、政宗の訴えに嘘はなし、と結論付けた。秀吉はこの違反を黙認する事とした。
 次に秀吉は遅参の理由について問いただす。
 政宗も腹を割って話すと言う。その理由は北条と豊臣、どちらが勝つか見定めていたのだ。
 政宗の見立ては豊臣の富が勝るか、北条の法が勝るかの勝負であった。
 富は大波の如く猛烈に世を動かす力を有する。しかし一所には止まらぬ無常の力である。一方、法は国の在り方を艱難辛苦し磨き上げた智の結晶。謂わば苦と智を代々積み重ねて揺ぎ無き大山となしたものである、と。
 秀吉は言う。なのに何故、豊臣への臣従を決断したか、と。
 それを問いたいのは政宗の方だと、叫ぶ。
 奥州探題伊達家十七代、築きし山は四百数十年、齢二十四なれど抱きし大山は五百年に届かんとす。それが何故、僅か一代、成り上がりにかくも平伏せねばならぬのか。
 そう政宗は声を張り上げ言う。
 秀吉が睨み、近習が刀に手を掛ける。一触即発である。
 そんな中、他の諸将と共に政宗の言葉を聞いていた家康は、この言葉をむしろ秀吉への褒め言葉と捉えていた。嘘か本音かは分からぬけど、大仰に、そして神妙に秀吉を称えていた。そして、僅か五年で百十万石を平らげた男、幾千幾万の手段の中から一つの真解を導くもの。家康は政宗を幽玄の智を備えし者と見る。
 そして、豊臣を選んだのだ。家康はそう思った。
 
 秀吉は立ち上がり、刀を抜く。
 広く世を見渡せば幾千万もの人間がある。その中には一人、五百年の山を五年で築く者もおる。そう言って秀吉は刀で政宗の肩を叩くのだった。
 秀吉は言う。家臣になれ、と。才ある悪タレを活かせる者は秀吉だけだ、と。
 家康は思う。此度の合戦は負けるべき、と。秀吉に付け入る隙なし、と。

 秀吉の智謀は秀吉自身の目算を越えていた。六月初旬にはすでに北条の心は折れかけていた。
 六月十二日には氏政の母と氏政の継室が死去。下旬には徳川方が小田原城の福門寺曲輪を攻略。周辺の支城も次々に陥落。そして石垣山城の完成。
 応仁の乱より百余年。戦国時代が終焉を迎えようとしていた。


 まさかの伊達政宗登場。これは、小田原後も連載続行なのか?期待していいのかな?
 関ケ原みたいです。

 家康の政宗評が高いですね。これから付き合い長くなるからね。
 ちなみに、家康の言動をみると、伊達、北条と組んで反旗を翻す事も考えていたのかな?噂があるとは言ってたけど、そんな描写なかったけどね。
 政宗はかなり一癖も二癖もありそうですね。政宗だし。かなりマイペースそうだし、政宗っぽいよね。
 そう言えば、創作物で初めての、いだて、呼びかな?だて呼びが定着し過ぎて変えにくいのか、あまり見ないし。
 そういや、のぶかつ、も、のぶお、が当時の読みだ。って変わったんだっけ。戻ったともいえるけど。
 まぁ、名前の読みはちゃんと伝わらなければ分からないからね。あとはひらがなで書いたものが見つかるとかね。

 緊迫感のある政宗との会見。そして戦国の終焉がもう目の前です。
 このまま連載終了なのか、それともさらに続くのか、楽しみにその時を待ちたいと思います。

2020年3月1日日曜日

暴走する正しさ

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。

 氏直は籠城戦の憂さ晴らしの為の遊興を推奨した。
 しかし、一部の民衆は一致団結を標榜し黒ずくめの服で取り締まりを始めてしまった。彼らは検断人の様に遊興を禁止し、間者と思わしき者を殺害した。

 城の外に逃れる者で始める。高札の老僧は城外でそれを見ていた。

 さて、権兵衛は陣を引き払う事にした。家臣達が勝手に宴会した所為もあって、金がなくなったのだ。
 だが、家臣からは不満の声が上がる。主に、これから見世物や遊女が集まるから離れたくないのだが。
 中には殿下から拝領した金団扇を売ろうとの声まで出た。権兵衛は一瞬考えるも、すぐに否定する。家臣達もまた。
 とにかく、徳川の使番も外され、怪我の手当てもあるので、明朝小田原から退くことにする。また、権兵衛は殿下に真心は伝わった、と言う。権兵衛は秀吉を見て、以前の情深さは残していると感じた。ただ、天下人故に縁故の贔屓をすれば世間から疎んじられてしまう。それでは天下は悪しき縁の流れに向かう。と、権兵衛は古渓和尚の真似をしていった。

 権兵衛と二人っきりになった鷲見は言う。
 何だかんだ納得している、と。人様に何言われようと、胸張って生きてくだけの心の旗を立てただろう。そう言った。
 鷲見は権兵衛が元気になったのを喜び、残る人生は乱世の終わりを見届けようと言う。
 そんな二人に高札の老僧が話しかける。乱世の終わりに疑問を呈す様に。
 だが、老僧はそんな話の続きはせず、干し飯一椀にて不老長寿の秘伝を教えると言う。なんでも、諸国遍参し古堂に不老不死の秘密を記しているとの事である。
 権兵衛と鷲見には心当たりがありすぎる話であった。
 二人は腹八分目と言い。世話になった気がするから好きなだけ干し飯をやると言う。
 だが、老僧は八分目でいいと言う。そして、不惑過ぎたれば腹八分目に生きていく事と言うのだった。

 五月初旬。秀吉は京から淀殿を始めとする諸大名の女房衆を小田原に呼び寄せた。北条と同じく、包囲戦の憂さ晴らしである。民衆の前に現れた京極竜子に皆は歓声を浴びせた。ちなみに、それは淀殿以上で淀殿は不満であった。

 小田原城内では黒ずくめの衆が検断を行っていた。そんな豊臣の間者が捕らわれ、殺される。彼らの頭は言う、顔はキレイに、と。お殿様に小汚い首を献上出来ないから。
 頭は女性であった。それは以前、上杉に攻められた時に氏政に禁制を求めた村人の一人。氏政に花を渡した幼子の成長した姿であった。
 彼女は願掛けする。立派な正しい北条様が戦に勝つように、そしてお殿様にお目通りできるように。

 氏政は市中に出る。身分を隠して見回るのだった。田畑を見て耕作してる民に困り事を聞くのだった。そんな中、民は氏政に水を進める。御付きの二人は緊張し、自分が飲むと言う。しかし、氏政は何の疑いも無く水を頂き、飲み干した。
 再び歩き出した後、御付きの者は飲むフリをするように言う。毒を警戒しているのだ。
 しかし、氏政は言う。間者と良民の違いが目を見てわからぬか、と。

 城下を回る氏政の目に黒ずくめの一団が目に入る。御付きの者曰く、字を知らぬ民の代わりに目安に届け出をする村衆との事。また不正の検断も自らしている、と。
 見ると、ちょうど不正な者を懲らしめているところであった。御付きの者は素性を調べられる事を恐れて離れるよう氏政に言う。しかし、氏政には見逃せぬ事であった為に逆に彼らに近づいてしまう。
 御付きの者が止める中、氏政は彼らに程々にするように言う。彼らは蔵に米を蓄えた傾国の凶徒と言う。しかし氏政はやりすぎと言い、裁きは法の手続きに則らねばならんと訴えた。
 黒ずくめの衆は彼らを訝し、素性を調べようとする。そんな中、頭の姉御が皆を制止させる。再び巡りあった氏政に頭の姉御は泣き崩れ、あの時と同じように花を渡した。
 頭の姉御は言う。御国の為に、正しい御国のために悪い輩をたくさん処罰しました、機物にしました、と。
 氏政に言う、御国を守って下さい、と。そして間者の首を見せるのだった。
 氏政はあいわかった、忝し。と言うほかなかった。

 雨が降り始めた。雨宿りしている氏政は思う。正しき国が最後に辿り着く先は如何な国なのか、と。そう先代たちに尋ねたかった。

 氏政の母や継室の元にも一人息子を失ったもの話が伝えられている。曰く、北条のお役に立ったのであればこれ以上の喜びはない、と。継室はすでに悲しみに耐えられなくなっていた。二人は六月十二日に亡くなっている。自害の可能性もある、と。

 五月下旬。堀久太郎は海蔵寺にいた。後世には秀吉は関東を秀政に与えようとした、そんな逸話が出来た。それ程の才人であった。
 久太郎は思い出していた、権兵衛と出会った時の事を。
 権兵衛と同世代で同じ美濃の出身。片や名人、片や改易牢人。道は異なれど互いに信長秀吉の縁に結ばれし武者の遠行となる。
 机に突っ伏した久太郎。机からは土鈴が転がり落ちる。
 享年三十八である。


 と言うわけで、堀久の最期です。感慨深いものがありますね。権兵衛とは対照的な人物でしたし、因縁も多かったですからね。悲しいです。
 土鈴があったって事は権兵衛は帰る前に会ったのかな?それとも人を介して渡したのかな。最期の会話が有ってもよかったのに。

 小田原城内は正義が暴走した、って感じですね。そして、まさか、回想で登場した村娘が再登場するなんて思わなかった。氏政と再会出来てよかったですが、氏政自身は複雑でしたでしょうね。正しさがあらぬ方に行ってしまった、と。
 この後どうなるのでしょう。

 後、権兵衛が小田原から退いているから、本格的な挽回はまだまだ後なのかな。どういう経緯で小諸を与えられるかも気になりますね。
 次回も楽しみです。

2020年2月16日日曜日

それぞれの対面

 センゴク権兵衛、162話と163話の感想。

 黄母衣衆の伊東が権兵衛を呼びに来た。秀吉が本営に来るよう遣わしたのだ。
 だが、権兵衛の様子は普段と変わらない。むしろ、徒歩で行くこと知り馬を貸し出そうとした者を、殿下の期限が分からぬ内は関わらぬ方がいい、と気遣う。
 伊東は権兵衛に恐くないのか、と尋ねる。権兵衛は心配は心配じゃが、と答えるのみだった。

 秀吉は奉行衆より話を聞いた。奉行衆の判断は、勝手な行動から九州陣の反省は見えない。天下静謐の世の妨げにもなるので、苛烈な処断もやむを得ない、であった。
 だが、秀吉は言う。彼奴も泣いて平伏するだろう。それを無下に斬り捨てれば天下の聞こえも悪い、と。
 なので、権兵衛の平伏を見てから沙汰をする、と。

 そんな中で権兵衛が入って来る。

 秀吉の本心は赦免であった。だが、秀吉は天下人である。自分の威信を微かでも傷付ければ厳罰に処さざるを得ないのだ。
 だから早く泣いて謝って欲しかった。しかし、権兵衛は昔の用に命令を待ってる顔でいる。その上、何の御用で、と聞いてくるのであった。
 秀吉にも予想外の展開であった。更に御用とは、と聞いてくるので、その前に言う事があるだろう、と促す。
 しかし、堪忍料の一万石の礼を述べる。秀吉が赦したわけではない。そう言うと、権兵衛は恩を忘れるなと言ったのは秀吉だと言い、更にどうやって恩返しすればいいと聞いて来た。
 完全に秀吉の思惑は崩れてしまった。早川口での戦いの話題を出しても権兵衛は、手前勝手の合戦で恩返しには至らないと言う。
 困った秀吉は、金の団扇を下賜する為に呼んだ、そう言う事にした。
 礼を言う権兵衛に、秀吉は赦したわけではない、と再三言うのである。

 帰って来た権兵衛に伊東は肝が据わっていると言うのであった。

 権兵衛はずっと秀吉が心配だった。古渓和尚も秀吉の世の生末が悪くなる可能性を指摘したいた。だが権兵衛は今回の謁見で分かった。秀吉の根は悪い人ではない。だから天下はいい感じになる、と。

 
 北条軍が軍議を行っている。そこには支城の落城の報が次々と入る。
 更に玉縄城の北条氏勝が豊臣の案内役を務めている。そんな噂まで入って来た。
 家臣達は降伏した城主の自刃を徹底するよう進言するも、氏直はそれを拒む。
 また、民衆の動揺も広がっており、民衆の厳戒なる統制も求められるも拒む。
 曰く、民が心の余裕を失えば疑心暗鬼が増すだけである。そして、米の貯め込みが起これば、米余りと米不足の格差から内部闘争に陥ってしまうと。
 しかし、山角は今は有事、内政は二の次、三の次、と氏直に迫るのだ。

 そんな中、笠原が現れる。氏直は人払いをして、二人っきりになる。
 既に松田より氏直は仔細を聞いていた。氏直は笠原を許すつもりであった。虎口を一時取られただけなのだから。
 しかし、笠原の考えは違った。一時的にも陥落した事を一大事とみていた。この報が流布されれば、北条兵の名を貶むると同時に国中に動揺が伝播すると。
 笠原は言う。民兵も諸士もよく戦った。敗因は自分の失策である、と。
 氏直は答える。失策は死罪に及ぶ咎に非ず、と。
 笠原は報いたかった。北条の為に誇り高く死した者を敗者にしたくなかった。
 だから、提案する。此度は笠原が敵と内通し、敵を城内に引き入れた事にしたい、と。自分の悪名が広がる程、北条兵の名の失墜を食い止められる。そう言うのだった。
 これは天啓の如く降って来た策。そして、その時氏直の心とも繋がった、そう感じた。氏直も自分と同じ心持で戦っている、笠原は言うのであった。
 氏直は笠原の策を受け入れ、反逆者として死罪を言い渡すのであった。
 嘗て、氏直は笠原を臆病となじり、それが笠原の武田への寝返りに繋がった。
 氏直はそれを反省し、彼を友と呼び、詫びたのだ。

 そうして、松田親子は内通の嫌疑により、憲秀は監禁、笠原は死罪になった。

 しかし、別の伝承があった。小田原合戦後、僧となり伊豆国蔵六寺を開山。寛永三年に六十歳の生涯を全うしたと寺伝が残っている。

 
 と、言うわけで早川口攻め編終了です。
 権兵衛と秀吉の謁見はよかったですね。完全に秀吉が飲まれていたし。
 素の秀吉が出せるのも、権兵衛ぐらいなのかな?権兵衛が側近になれば丁度バランス取れて、豊臣政権も安泰しそうだけど……

 そして氏直と笠原。こちらもよかった。それに北条と豊臣で対にしたのかな。
 氏直はすでに戦後見つめているのかな?ただ、そうすると氏政は何を考えているんだろう。そちらも知りたいですね。
 因みに、笠原のその後はどちらとも取れる感じにしましたか。センゴクとしては出家したと考える方がいいのかな?

 ともかく、これで早川口も終わり。後は北条降伏に物語は進むのかな。
 小田原戦がどう決着するのか楽しみです。

2020年1月26日日曜日

後始末

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。

 仙石隊の勝鬨が響く。それは寺で療養中の堀久太郎の元まで聞こえた。
 
 仙石隊は続いて焼き働きを行う。ただし、民衆には手を出さず、捕虜も無用と権兵衛は命じた。

 鷲見は旗を探していた。虎口に立てるべき旗が何処かにいったからだ。森は心の旗を立てている、等と冗談を言っている。
 そんな中、岡田が現れる。生きていたのだ。曰く、二人が信用出来なかったから死ぬに死にきれんのだ、と。
 二人は、土下座して謝る他なかった。

 旗は牢人衆が見つけていた。彼らは旗を仙石隊に届ける事にする。
 そして、本間を称えた。しかし、本間は臆病だったから、と言う。そんな彼に牢人衆はさらに言う、臆病さを誇れ、と。
 本間はそんな彼らをまた称えるのであった。

 仙石隊に戻った旗。
 権兵衛はそれを立てたら退却する、と言った。ざわつく部下達。なぜ、虎口を落としたのか権兵衛に聞く。権兵衛は旗を立てる為、そう答える。そして問う、不満か、と。
 誰も不満に思う者はいなかった。

 早川の虎口に無の旗印が翻った。

 そんな中で妙算が帰ろうとしていた。もうすでに皆、覆面の下の正体を知っていたので止める。あろうことか、妙算が当主になっても良いと言う始末。
 残念ながら、権兵衛にはしっかり聞こえている。ばれた者達はそそくさとその場を離れるのだった。
 権兵衛は妙算に小さい筒を渡す。戸次川の戦死者の菩提寺を記したものであった。妙算からの要望であった。
 権兵衛は手負いと共に先に退けと言う。そして、身に着けた土鈴を渡す。
 権兵衛は銭にはならんと言う。しかし妙算は、天下国家はその下らない土の取り合いで星の数ほど殺し合ってきたと言う。
 妙算は更に言う。天下人に再び会うなら、このまんまじゃロクな死に方しないと言ってやんな、と。
 権兵衛は今更ながら理解する。妙算は天下国家から争いをなくす事を考えていた、途方もない大馬鹿だと。
 妙算は言う。だから気が合ったんじゃねぇか、と。
 二人は合掌を交わす。

 久太郎は語る。草木には実と花が成る。実は種にも食糧にもなる。しかし花は美しくも何の役にも立たない。久太郎は実にならんと働いていた。
 しかし、僅かな人生においては花こそ甲斐があるのではないか。
 信長を花と散らせた逆徒の心も、今は分かるかもしれない。

 権兵衛はまた一つ土鈴を千切り、渡す事を考えた。

 久太郎は、権兵衛を祝う。気味良き徒花、と。

 仙石隊は帰陣した。
 そんな中に萩原孫太郎が現れた。今は酒匂彦三と名乗っている。
 そして、此度の顛末を聞き、驚くのであった。

 ただ、一つ問題があった。今回の合戦働きはヤマイヌの計の陽動策だった。
 にも関わらず、抜け駆けし、虎口攻めをしてしまったのだ。池田、黒田、徳川の三家は待ち惚けを食らってしまったのだ。
 それを聞き孫改め彦三は、不参加だった代わりに謝罪に回る事にした。
 因みに、現家老の森は彦三を家老代に任命して任せるのだった。

 まずは池田家。仙石家にも折り目正しき者がおるようで安心した、と言われる。
 そして赦された。
 照政にとって徳川は父と兄の仇である。だがしかし、今後の世情を考えるなら私怨、私戦は停止すべき。むしろ徳川と縁が出来た事を喜んでいた。

 次に黒田家。官兵衛はすでにこうなる事も予想済みであった。
 権兵衛には文句はあるようだったが、彦三のような折り目正しき者がおるようで安心した、そう言った。

 彦三は仙石隊の評判が気になってくる。案内している者曰く、海賊や山賊のような感じだとか。

 最後は徳川家。出てきたのは本多佐渡守である。
 既に、仔細は伝わっていた。そして家康に具申した結果、不問にする、との事であった。
 ただし、一つだけ条件があった。権兵衛を軍使にした事について、なかった事にしてほしい、と。彦三は快く引き受け、徳川家に迷惑を掛けぬと言うのであった。

 あとは秀吉の意向だけである。
 家康は考えていた。温情か不寛容か、それにより今後の豊臣政権の指針が見える、と。

 早雲寺に奉行衆らが集まっていた。その中には権兵衛と歌会で会った男もいた。
 話し合っているのは今回の仙石権兵衛の働きについてだった。賛否両論ある中で、大村がある種の畏れを抱いている、と言う。
 関東征伐が発令された時の数多の武者の騒ぎよう。彼らはもはや合戦を止める事能わざる者どもではないかと。以前起こった、大坂での千人切り事件も、また同じではないか、と。
 九州での失敗の反省無き仙石家の者ども、このまま野放しにして良いのか。

 そんな緊迫した中、秀吉が現れる。秀吉が出した命は一つ。明朝、仙石権兵衛を呼ぶ。ただそれだけであった。

 明朝決まる運命。しかし権兵衛は今は只々、深き眠りに付くだけであった。

 
 遂に旗が立ち、虎口攻めも終わった。しかし、まだ後始末が残っています。
 秀吉と会った時に妙算の言葉言うのかな?下手したら切られそうだけど。

 妙算とはこれが最期の別れになるのかな。それにしても、戦を無くす方法を考えていたとは、そして権兵衛もまた…ですかね。小田原以降書かれるなら、このあたりの心情も書くのかな?続くかは分からないけど。

 そして孫も再登場。皆に代わり謝罪に回ります。
 それにしても、鷲見と森はすっかりギャグキャラですね。締める時は締めるけど。
 仇の徳川と縁を結んだ池田、権兵衛の事は分かっている黒田、そして寛容を見せた徳川。それぞれがプラス面を見つけたんでしょうね。官兵衛だけはなさそうだけど。

 そして、戦を止める事が出来ない者たち……
 これは大坂の陣まで問題になる事ですね。そしてその後も…
 その対策が唐入りになるのかな。ただ、小田原で最終回なら書かれない事になるけど。

 そして遂に秀吉との対面。どうなるか楽しみです。
 ついでに、小田原終わったら外伝として関ケ原編と大坂編やって下さい。

2020年1月5日日曜日

虎口を落とす

 センゴク権兵衛、159話の感想。

 須田は笠原を堀底へと落とした。
 そんな中、権兵衛達の部隊が雪崩れ込む。一方、虎口の外では堀隊が太鼓と空砲を鳴らしていた。敵を狼狽させるためであった。

 陥落間近であった。ここまで眺めていた秀吉だったが、急に馬に乗り本陣へと帰ろうとする。曰く、天下国家の事業がある。たかが虎口一つ、塵芥の牢人衆に係わっている場合ではない、と。

 牢人達が、それぞれ協力し合い、力を出し合い、敵を蹴散らしていく。
 当然、権兵衛達の配下もそうであった。

 堀底へ落ちた笠原は落胆する。半分の正規兵を放置したまま、寡兵の敵に敗れようとしている事に。

 権兵衛の前に須田が立ち塞がる。須田は権兵衛が大将か、と尋ねる。だが、権兵衛は違うと言った。須田は直ぐに気付く、指揮者不在だからこその合戦ぶりだったと。
 それを聞き、権兵衛は彼の賢さに気付く。合戦が無くなっても食い扶持がある、そう言った。
 だが、須田の覚悟は決まっていた。

 笠原は見ていた、須田が討ち取られる所を。そして気付く、勝てた戦だったと。幾度も勝つ機会があったと。
 自らの将器を過信し、徒に我が命にのみに従わせた。それが為に兵は存分に戦う事能わずに負けたのだ。
 そして、悟る。指揮者が為すべきなのは、我が兵が背負う恥を我が身で一身に背負う事である、と。

 笠原は全軍に叫ぶ、退却と。その声は虎口中に響いた。
 退き太鼓も鳴り、その後に虎口に響いたのは、攻め手仙石隊を始めとする牢人衆の歓声であった。


 遂に決着ですね。
 そして、権兵衛の挽回の物語も終着地ですね。稲葉山陥落から始まったセンゴクのお話も遂にここまで来ましたか。感無量です。ただ、北条との戦はまだ続きますが。

 敵将笠原は漸く、将たるが何か理解する事が出来ました。けど、今後挽回出来るのかな?もしかして、豊臣と講和を結ぶ切っ掛けになったりするのかな?

 兎にも角にも、権兵衛の挽回の為の戦いも終結、次回も楽しみです。

2019年12月15日日曜日

最後の戦いへ

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。

 遂に権兵衛達も第三の門から突入を開始した。
 土塁の上にいる北条の民兵たちは混乱する。そんな中、老兵が勇気づける為に家族や好いた女子が敵に蹂躙されるぞ、と言う。
 焚き付けられた若者が飛び降り、権兵衛を狙う。しかし、権兵衛の槍の一閃で斃れた。
 
 先を行く、森と鷲見。その眼前に現れたのは正規兵200前後。恐らく、第二門から駆け付けた兵だ。
 鷲見は、大声で黄母衣衆が後詰に来ると嘯いた。
 これを聞き、正規兵の隊長は武装解除をした。

 権兵衛も合流し、正規兵の居る右では無く、左へと進軍を開始する。それを阻止する為に敵の民兵は次から次へと飛び降り、権兵衛を狙う。
 しかし、権兵衛にやられてしまう。権兵衛は逃げるように言うも、敵は向かってくる。
 権兵衛の脳裏には葛と四郎が過る。自分は何と戦っている、誰を殺したのか。
 それは昔の自分。権兵衛の脳裏に稲葉山での戦いが過った。

 さらに進むと二手に分かれていた。権兵衛の勘は行き止まりと告げていた。
 ここは馬出しで、城内と繋がっている木橋が落とされている。そう権兵衛は判断した。
 権兵衛は決断を下す。堀を登って進む事を。
 権兵衛は祈る。これが最後の戦いにならんことを。


 黒川、古屋、太田の三人で階段を組ませる。兵達も赤土に慣れたはずなので上手く上がれるはずである。
 階段が組み上がるまで権兵衛は皆に言った。堀の上は民兵ばかり、逃げる者は逃がし、来る者は叩き落す。そして手強き者のみ討つように、と。
 殺め過ぎれば敵は足掻く、優し過ぎれば味方に隙が生じる。難しいが、既に失敗と内省で分別が備わった。自ずと最善の道が見える。そう言ったのだ。
 
 人と盾で組んだ階段を駆け上がる権兵衛達。妙算も鉄砲で援護する。
 上った先に更に土塁がある。権兵衛は槍を使い、飛び、民兵ひしめく堀の上に降り立った。そして、権兵衛を守るために配下の者達も次々に飛び、堀の上に飛び立つ。
 槍を振り回し、兵を蹴散らす権兵衛。正面からの弓矢も難なく、盾で防ぐ。
 更に敵の鉄砲も配下との犬槍で発射の前に潰す。
 槍を飛ばした為、刀に持ち替える権兵衛。介者剣法で赤土の上で飛び跳ね、敵を蹴散らしていく。

 権兵衛の快進撃に対し、敵大将の笠原は差し違える覚悟で出陣しようとした。しかし、配下の須田に止められる。槍を奪い取り、須田は言った。自分は合戦しか知らないけど、貴殿は政を知っている、と。
 笠原を生かす為に、須田は堀の底に彼を落としたのだった。


 混乱、狂気の戦場って感じですね。同時に、ここが最後の正念場、でしょうか。
 ……まぁ、この後も戦は続くんですけどね。まだ20年以上先かね。

 久しぶり過ぎる稲葉山と介者剣法ですね。堀久太郎は死にそうですけど。本当、最終回が近い感じがします。ここの戦いが終われば、開城まで戦いはないですからね。

 須田はカッコイイですね。笠原はどうするんだろう。父親が松田なら、ここから降伏工作が始まるのかな?
 とにかく、次回も楽しみです。