今週のセンゴク権兵衛の感想。
遂に、小田原を包囲した豊臣軍。蟻の這い出る隙もない、空前絶後の包囲網。
しかし、北条の士気は依然高いままであった。
秀吉は官兵衛に訪ねる。辯士衆を使った、敵の士気を下げる作戦はどうなったかと。
官兵衛は答える。民衆の北条への忠誠のが勝っていると。
内部崩壊をさせる事は出来なかった。と、なると力攻めしかない。
だが、山中城でさえ多くの味方が犠牲になった。その倍近い大きさの小田原ならどうなる事や……。圧倒的優位にも関わらず、豊臣軍は攻め倦ねるのであった。
当初は楽観していた秀吉だが、長期戦になると考えを変える。
その中で、自分だけでなく、諸将の妻子を呼び逃亡や謀反を出さぬようにする。
そして、そんな中、家康や信雄が謀反すると言う風聞が飛び交った。
家康を訪ねた秀吉。無論、家康はそんな事はないと言い切る。しかし秀吉の心配はそこでは無かった。その風聞が飛び交っている事自体、北条が優勢と民衆が思っている。そう秀吉は考えるのだ。
秀吉は続ける。力攻めはしたくない。しかし、敵に力攻めがない、と思われるのも良くない。然らば、誰かがこの役を買って出ないだろうか、と。
家康と共にこれを聞いた正信は、徳川がやれ、と聞こえた。しかし、家康は実際に口にはしてない、と言う。そして秀吉は、勝手に勇んで力攻めする者が入れば、その勝敗に関わらず豊臣の威信は傷つかない、そう考えているのではと言う。
秀吉の命を受け、官兵衛は渡辺了に会っていた。先走って戦う者を探していたのだ。
しかし、渡辺はこれを断る。山中城で黄母衣衆に手柄を持っていかれた事に立腹していたのだ。さらに渡辺は、自分は中村家の者、やるなら官兵衛自身の家来を使えばいいのでは、と言ったのだ。
渡辺に断られた官兵衛。次に思い出したのは権兵衛だった。しかし、今度負けたら打首にせんわけにはいかない。ないな、と思い苦笑する。
そんな彼に、人の面をみて苦笑いするなとのいちゃもんが飛んでくる。なんと、今考えていた人物、仙石権兵衛その人であった。
どうやら、権兵衛は官兵衛を探していたのだ。その目的は徳川からの伝令だ。
曰く、徳川が力攻めを買ってでるとの事だ。
官兵衛は驚き、嘘ではないかと訪ねるが、本当だと言う。
曰く、負けなければよい。すなわち、虎口を落として勝ちにすればいいとの事だ。
官兵衛は、権兵衛がかなり話を端折っている、と言う。しかし権兵衛は賢ければ、一を聞いて十を知れと開き直る。
そして、城攻めの助言を官兵衛から得るようにとの家康自らのお達しである、と言う。
権兵衛の話を聞き、家康のお達しとあれば謹んでお受けいたすと言ったのだ。
と、言うわけで繋がる縁の中で、着々と権兵衛の逆転劇へと進んでますね。
有利に進めているはずの豊臣が逆に攻めあぐねています。実際、兵站はギリギリと言う話は聞きますね。もう少し粘っていたら豊臣の方が瓦解してたとか。終始、豊臣の優勢って話が多いけど実情は違うものですね。大坂冬の陣でも徳川の士気がダダ下がりって話も聞くし、包囲するだけって包囲する側も大変なんだろうな。血の気の多い者達にとっては尚更。
とにかく、様々な縁が結ばれ早川口の戦いへと繋がって行きそうです。堀久太郎の出番に期待しつつ、次回を楽しみに待ちます。
2019年5月6日月曜日
次々と結ばれる縁
センゴク権兵衛136話と137話の感想。
豊臣による小田原包囲が着々と進む中、権兵衛は山中城に戻ると言い出す。
曰く、織田家名物試し合戦だ、と。
先の城攻めで味方にも大きな被害が出た。だからこそ、次の小田原で被害を減らす為にも学び直すのだと言う。
当初は不満だった部下も、試し合戦が始まれば皆夢中となった。
滑る赤土、馬出しの仕掛け。仙石隊は北条の城を体験し、学ぶのであった。
と、そんな彼らを見る者が。
山中城の縄張図を描いていた黒田官兵衛である。官兵衛は殊勝な事、と言い。追い出しますか、と言った部下に対して不要と言うのであった。
一方、大友吉統。山中城の木材を本陣に使おうと考えていた。しかし黒田官兵衛がいる事を知ると部下たちに山中城に近づくなと命令した。
そんな中で、徳川より陣借りの許しがもたらされる。
しかし、権兵衛は試し合戦を優先する。権兵衛は修練の大切を知っており、且つ皆が楽しんでいるからこその判断である。
様々に結ばれた縁が、何かしらの実を結ばんとしていた。
嘗て権兵衛と相見えた管平右衛門は早川の河口を調べていた。
嘗て権兵衛と共に戦った可児才蔵は不貞腐れていた。韮山城を包囲する福島正則の陣に属しているが、単身小田原に乗り込むか、そう言う。
そして、根来の僧も小田原へと向かっていた。
本多正信より権兵衛の事を聞かされる家康。何処かで聞き覚えがある、と考える。すると口にした言葉は、糞。
思い出したのは三方原。共にもらした権兵衛を思い出したのだ。
家康は試し合戦が終わり次第、来るように権兵衛に伝えるのだった。
総構を持つ小田原城。これを包囲する難点は東側。城の近くを通って進軍すれば、当然迎撃されてしまう。それを防ぐためには尾根伝いに進軍しなければならない。
そしてその先、多古白山台地。小田原城を見渡せるここに家康は陣を築いた。
しかし、豊臣はそこを織田信雄の陣にしようと考え、徳川を更に南へと陣を移すように要求したのだ。
せっかく築いた陣。しかも南の平地は北条軍より攻撃される危険地帯。受け入れづらい要求だ。しかし、家康は受け入れざるを得ないと言う。
徳川は酒匂川と山王川に挟まれた湿地帯の今井に新たな陣を構築し始める。仕寄りを造って安全を確保し、普請を開始する。
しかし、敵の攻撃は激しく、陣を造るにも湿地帯で難しい。榊原康政は織田や豊臣に不満を言う兵を宥める。だが、本人もまた強い不満を抱えるのである。
本多忠勝には支城攻めの命が下る。彼もまた不満を抱えつつ、命に従うしか無いのであった。
試し合戦を終えた仙石隊が小田原に現れる。徳川の陣と思って来てみれば、すでに織田の陣に変わっていた。なので、織田の陣を後にして徳川の陣に移動する。その背後から、織田の兵が背中に気を付けろと小さな声で言うのであった。
徳川の陣についた権兵衛たち。だが、まだまだ築城途中であった。そして、普請をしている者たちは皆、豊臣に不満を抱えていた。それどころか、豊臣に弓引くとき徳川に味方するか、まで言うのであった。
徳川の不満。それは権兵衛にも理解できた。権兵衛は普請してる者と同じく泥の中に入る。そして言う。しんどい役目だが、成功させれば秀吉も出世させるしかない、と。
自分も無茶な命令をこなし出世した。しかし、失敗して牢人になった。
堪忍料を渡されても、誰にも必要とされないのは辛いと言う。そうして、徐々に権兵衛の話は愚痴へと移行する。
権兵衛の愚痴を聞いて、毒気が抜けたのか、徳川の者は落ち着きを取り戻し、権兵衛に家康の居場所を答えるのであった。
これを物見櫓から見ていた正信は家康に見所があると進言する。
兎にも角にも人払いをして、家康と権兵衛の謁見が始まる。
三方原以来の二人。
家康は言う。陣借りにより三方原の借りを返した事にしていいのかと。権兵衛はそれで良いと言う。
家康は更に言う。新たに頼みたい事がある、と。それは使番である軍使になって欲しいとの事であった。もちろん、権兵衛は了承する。そして、家康は関兼永の刀を与える。
家康が権兵衛に望むこと。それは徳川と豊臣の仲を取り持つ事であった。
遂にこの時が来た。って感じですね。これまで権兵衛が関わった人が多く出て、いよいよその時も秒読みですね。妙算も出るみたいで楽しみですよ。可児才蔵はずっと出ていなくて驚きでしたね。
そういえば堀久太郎が全然出ないですね。たしかこの合戦中に……だからどこかで権兵衛と会いそうな気がするんですが。
そして家康。若干気を置いている感じがします。三方原を思い出したせいか、それとも牢人の権兵衛なら肩肘張らなくてもいいと考えたのかな?
いろいろ大変だけど、すっかり大大名の貫禄ですね。
はてさて、いよいよその時が迫りそうで楽しみですよ。権兵衛の挽回劇、楽しみです。
豊臣による小田原包囲が着々と進む中、権兵衛は山中城に戻ると言い出す。
曰く、織田家名物試し合戦だ、と。
先の城攻めで味方にも大きな被害が出た。だからこそ、次の小田原で被害を減らす為にも学び直すのだと言う。
当初は不満だった部下も、試し合戦が始まれば皆夢中となった。
滑る赤土、馬出しの仕掛け。仙石隊は北条の城を体験し、学ぶのであった。
と、そんな彼らを見る者が。
山中城の縄張図を描いていた黒田官兵衛である。官兵衛は殊勝な事、と言い。追い出しますか、と言った部下に対して不要と言うのであった。
一方、大友吉統。山中城の木材を本陣に使おうと考えていた。しかし黒田官兵衛がいる事を知ると部下たちに山中城に近づくなと命令した。
そんな中で、徳川より陣借りの許しがもたらされる。
しかし、権兵衛は試し合戦を優先する。権兵衛は修練の大切を知っており、且つ皆が楽しんでいるからこその判断である。
様々に結ばれた縁が、何かしらの実を結ばんとしていた。
嘗て権兵衛と相見えた管平右衛門は早川の河口を調べていた。
嘗て権兵衛と共に戦った可児才蔵は不貞腐れていた。韮山城を包囲する福島正則の陣に属しているが、単身小田原に乗り込むか、そう言う。
そして、根来の僧も小田原へと向かっていた。
本多正信より権兵衛の事を聞かされる家康。何処かで聞き覚えがある、と考える。すると口にした言葉は、糞。
思い出したのは三方原。共にもらした権兵衛を思い出したのだ。
家康は試し合戦が終わり次第、来るように権兵衛に伝えるのだった。
総構を持つ小田原城。これを包囲する難点は東側。城の近くを通って進軍すれば、当然迎撃されてしまう。それを防ぐためには尾根伝いに進軍しなければならない。
そしてその先、多古白山台地。小田原城を見渡せるここに家康は陣を築いた。
しかし、豊臣はそこを織田信雄の陣にしようと考え、徳川を更に南へと陣を移すように要求したのだ。
せっかく築いた陣。しかも南の平地は北条軍より攻撃される危険地帯。受け入れづらい要求だ。しかし、家康は受け入れざるを得ないと言う。
徳川は酒匂川と山王川に挟まれた湿地帯の今井に新たな陣を構築し始める。仕寄りを造って安全を確保し、普請を開始する。
しかし、敵の攻撃は激しく、陣を造るにも湿地帯で難しい。榊原康政は織田や豊臣に不満を言う兵を宥める。だが、本人もまた強い不満を抱えるのである。
本多忠勝には支城攻めの命が下る。彼もまた不満を抱えつつ、命に従うしか無いのであった。
試し合戦を終えた仙石隊が小田原に現れる。徳川の陣と思って来てみれば、すでに織田の陣に変わっていた。なので、織田の陣を後にして徳川の陣に移動する。その背後から、織田の兵が背中に気を付けろと小さな声で言うのであった。
徳川の陣についた権兵衛たち。だが、まだまだ築城途中であった。そして、普請をしている者たちは皆、豊臣に不満を抱えていた。それどころか、豊臣に弓引くとき徳川に味方するか、まで言うのであった。
徳川の不満。それは権兵衛にも理解できた。権兵衛は普請してる者と同じく泥の中に入る。そして言う。しんどい役目だが、成功させれば秀吉も出世させるしかない、と。
自分も無茶な命令をこなし出世した。しかし、失敗して牢人になった。
堪忍料を渡されても、誰にも必要とされないのは辛いと言う。そうして、徐々に権兵衛の話は愚痴へと移行する。
権兵衛の愚痴を聞いて、毒気が抜けたのか、徳川の者は落ち着きを取り戻し、権兵衛に家康の居場所を答えるのであった。
これを物見櫓から見ていた正信は家康に見所があると進言する。
兎にも角にも人払いをして、家康と権兵衛の謁見が始まる。
三方原以来の二人。
家康は言う。陣借りにより三方原の借りを返した事にしていいのかと。権兵衛はそれで良いと言う。
家康は更に言う。新たに頼みたい事がある、と。それは使番である軍使になって欲しいとの事であった。もちろん、権兵衛は了承する。そして、家康は関兼永の刀を与える。
家康が権兵衛に望むこと。それは徳川と豊臣の仲を取り持つ事であった。
遂にこの時が来た。って感じですね。これまで権兵衛が関わった人が多く出て、いよいよその時も秒読みですね。妙算も出るみたいで楽しみですよ。可児才蔵はずっと出ていなくて驚きでしたね。
そういえば堀久太郎が全然出ないですね。たしかこの合戦中に……だからどこかで権兵衛と会いそうな気がするんですが。
そして家康。若干気を置いている感じがします。三方原を思い出したせいか、それとも牢人の権兵衛なら肩肘張らなくてもいいと考えたのかな?
いろいろ大変だけど、すっかり大大名の貫禄ですね。
はてさて、いよいよその時が迫りそうで楽しみですよ。権兵衛の挽回劇、楽しみです。
2019年4月21日日曜日
二人の鬱憤
今週のセンゴク権兵衛の感想。
権兵衛は長丸に連れられ河原で石投げをしていた。
長丸は権兵衛の事をよく調べていた。権兵衛は賢しいと言い、同時に忠告する。以前の自分だったら「九州で敗北」と聞いたら激怒し、叩き斬っていたと。
長丸は何故斬らないのかと問う。権兵衛は自身での悩みや様々な人との出会いと助けにより辛抱が効くようになったと言う。
権兵衛は長丸が三成に似ていると言う。悪意は無い、忠心もある、しかし人を腹立たせる性格。故に、奉行衆になり出世すべきと言う。
しかし、長丸は三河武士に囲まれて育った故に戦場で駆け駆け回る武者に憧れていた。
そして長丸は話を言い淀んだ。権兵衛は聞き流すと言う。それを受けて、大きな石を川に投げ入れると、話を続けた。
父、家康は秀吉より銭を受け取っている。
権兵衛は小牧長久手の戦から国を建て直す為の銭だ、と庇う。しかし、長丸はそれ以上に家臣達に秘匿しているのが納得出来なかった。
権兵衛は言う。話を聞けば、銭を突っ返して豊臣と戦をせい、枕を並べて討死して国を滅ぼす方がマシ、そう言い始めるだろう。
長丸は言う。自分も同じ気持ちだと。
権兵衛は子供ぐらいある大きな石を川に投げ込む。そして、自分も同じだったと言った。だが、それで失敗し数え切れないほどの仲間を死なせた。こうして戦場に戻って武功を立てても、仲間は還らない。それに汚名も晴れぬし、恨みも消えない。
長丸は問う、何故戻ってきたのかと。
河原からの帰り道。権兵衛は答えた。未だに迷っている、と。
ただ、良縁にはまった時まで腐らんように待つだけだと。
しばらく歩くと一面のすすきが生えていた。遠くで茶を点ててる者がいる。
道行く者にこの地の事を訪ねる。曰く、千石原だと。
かつて源頼朝が「この草原を開拓すれば千石はとれよう」と称えたという。
権兵衛と長丸は奇妙な縁を感じ、手を合わせるのであった。
徳川の陣に帰り着いた長丸。賢人では無いけど、権兵衛との会話は得るものがあった。
そして、父に陣借り出来るよう部下を通じて要請するのだった。
秀吉はついに小田原の眼前まで兵を進めた。韮山城を攻囲していた信雄を、一部を残し、呼び寄せた。そして笠懸山に登り、小田原城を見下ろし、本陣となる巨城の築城を決定する。
北条征伐もついに大詰めとなったのだ。
秀忠の独白と権兵衛がなんとなく掴んだものを語る回でしたね。
いろいろ迷いながらも、時を待つ権兵衛は等身大の人間って感じでしたね。成長してないようですけど、待つ事が出来るようになったのは立派な成長ですよね。
後、秀忠が三成に似ている、ちょっと笑ってしまいました。豊臣と徳川で立場は違うけど考え方は一緒なんだなぁ、と。確かに秀忠は政治家として評価されていますからね。
それと、さりげに権兵衛を賢くないって言ってる。秀家も似たこと言ってたけど。
小田原戦もいよいよ終盤。徳川に陣借り出来た?権兵衛の活躍、楽しみです。
権兵衛は長丸に連れられ河原で石投げをしていた。
長丸は権兵衛の事をよく調べていた。権兵衛は賢しいと言い、同時に忠告する。以前の自分だったら「九州で敗北」と聞いたら激怒し、叩き斬っていたと。
長丸は何故斬らないのかと問う。権兵衛は自身での悩みや様々な人との出会いと助けにより辛抱が効くようになったと言う。
権兵衛は長丸が三成に似ていると言う。悪意は無い、忠心もある、しかし人を腹立たせる性格。故に、奉行衆になり出世すべきと言う。
しかし、長丸は三河武士に囲まれて育った故に戦場で駆け駆け回る武者に憧れていた。
そして長丸は話を言い淀んだ。権兵衛は聞き流すと言う。それを受けて、大きな石を川に投げ入れると、話を続けた。
父、家康は秀吉より銭を受け取っている。
権兵衛は小牧長久手の戦から国を建て直す為の銭だ、と庇う。しかし、長丸はそれ以上に家臣達に秘匿しているのが納得出来なかった。
権兵衛は言う。話を聞けば、銭を突っ返して豊臣と戦をせい、枕を並べて討死して国を滅ぼす方がマシ、そう言い始めるだろう。
長丸は言う。自分も同じ気持ちだと。
権兵衛は子供ぐらいある大きな石を川に投げ込む。そして、自分も同じだったと言った。だが、それで失敗し数え切れないほどの仲間を死なせた。こうして戦場に戻って武功を立てても、仲間は還らない。それに汚名も晴れぬし、恨みも消えない。
長丸は問う、何故戻ってきたのかと。
河原からの帰り道。権兵衛は答えた。未だに迷っている、と。
ただ、良縁にはまった時まで腐らんように待つだけだと。
しばらく歩くと一面のすすきが生えていた。遠くで茶を点ててる者がいる。
道行く者にこの地の事を訪ねる。曰く、千石原だと。
かつて源頼朝が「この草原を開拓すれば千石はとれよう」と称えたという。
権兵衛と長丸は奇妙な縁を感じ、手を合わせるのであった。
徳川の陣に帰り着いた長丸。賢人では無いけど、権兵衛との会話は得るものがあった。
そして、父に陣借り出来るよう部下を通じて要請するのだった。
秀吉はついに小田原の眼前まで兵を進めた。韮山城を攻囲していた信雄を、一部を残し、呼び寄せた。そして笠懸山に登り、小田原城を見下ろし、本陣となる巨城の築城を決定する。
北条征伐もついに大詰めとなったのだ。
秀忠の独白と権兵衛がなんとなく掴んだものを語る回でしたね。
いろいろ迷いながらも、時を待つ権兵衛は等身大の人間って感じでしたね。成長してないようですけど、待つ事が出来るようになったのは立派な成長ですよね。
後、秀忠が三成に似ている、ちょっと笑ってしまいました。豊臣と徳川で立場は違うけど考え方は一緒なんだなぁ、と。確かに秀忠は政治家として評価されていますからね。
それと、さりげに権兵衛を賢くないって言ってる。秀家も似たこと言ってたけど。
小田原戦もいよいよ終盤。徳川に陣借り出来た?権兵衛の活躍、楽しみです。
2019年4月14日日曜日
縁を辿って
今週と先週のセンゴク権兵衛の感想。
山中城を落とした豊臣軍。抵抗の強い韮山城を信雄に包囲させ、小田原へと兵を進める。そんな中、秀吉の元には多くの者が面会に訪れるのであった。
竹林の中で、兜の後立を長くした権兵衛。秀吉に顔見せし、気付いてもらう算段だ。しかし、部下たちは批判し強引な帰参願いするよう言う。しかし、権兵衛は知らない者ならともかく知音はしないほうがいいと言う。何故と問う部下に、何となくとしか権兵衛は答えない。部下は更に言う。他家に士官する道もあった、それでも東国まで来たのは仙石家で共に復帰したいからだ、そう強く言う。
権兵衛はその想いを理解している。しかし、だからこそ駄目だと考える。想いで突っ走ればその先にあるのは共倒れ。権兵衛はそれだけは避けたかった。皆で生きる道を歩みたいのだ。
諸将との会見を終え、秀吉の一行が竹林を通る。道の両脇には多くの者が平伏していた。その中に権兵衛もいた。
秀吉は気づき、仙石権兵衛なるか、そう言った。近習の者が命の如しと答えた。が、秀吉はそれ以上何も言わなかった。
何も無かった事に憤懣やる方ない部下たち。そんな中で権兵衛は笑い声が聞こえた。そして思い出す。竹中半兵衛の事を、そしてその時秀吉と交わした会話を。
知音に何かを求めたり利用するのを嫌う。
秀吉もまた思い出していたのだった。
彼の人に合掌する権兵衛。しかし、事情を知らぬ部下たちは未だ不満であった。
箱根は芦ノ湖まで兵を進めた豊臣軍。多くの夫役が告示されていた。
本陣となる城の普請が大規模で秀吉の目に止まりやすい。権兵衛はそう考えていた。しかし舞い込んでくるのは夫役ばかりで軍役では無い。軍役は韮山や上野武蔵方面で秀吉の目には止まりそうにない。
村吉は言う。皆、腐りかけていると。このままでは逃散や盗人になってしまうと。
藤兵衛は言う。有力な大名に陣借りして少しでもマシな役目をもらうべきだと。
有力な大名へのツテが無いわけではなかった。しかし、二十年以上も昔のことである。うまく行くかは分からない。しかし、このままでいいわけ無い。権兵衛は一人その大名を訪ねるのであった。
陣まで行くと、嘗て会ったことがある陪臣の今橋に遭遇した。早速、取り次いで欲しいと願う。だが、やはり難しかった。豊臣政権で二番目に権勢を誇っているのだ、取次の数も多い。そう簡単には会えぬのだ。
もはや諦めるしかないのだった。
その帰り。必死に心を鎮める権兵衛。古溪和尚に合わなかったら、とっくに心折れていた。権兵衛だって不満が無いわけでは無い。むしろ一番鬱憤が溜まっているのだ。その想いを乗せ石を蹴ろうとする。すると、それを静止する声が聞こえた。
それは自分が蹴ろうとした石だと、目の前の身なりの良い子供が言った。
権兵衛は間髪入れずに子供の頭を叩いた。そして言う、この石は自分の縁が導いたと。すると子供も身共が導いたとも言えると反論する。
続いて権兵衛は自分の悩みが大きいと言い、それに対して子供は自分の方が大きいと言う。権兵衛は子供の父が自分と同じ陣借りだと思っていた。しかし、父に失望したと語った子供は父の家臣は何万人もいると言う。
権兵衛は自分が失敗した事に気付いた。石を渡し、今あった事を忘れるように言うのだった。
顔面蒼白で帰ってきた権兵衛。そこに、とある大名の子息が人を探していると言う話が飛び込んできた。
変装して子供の元へと参じた権兵衛。しかし見抜かれてしまう。権兵衛が会った子供、それはツテを求めていた徳川家康の子、長丸であった。
長丸は権兵衛に共に河原で石投げをしようと誘うのであった。
なかなか上手く行かない権兵衛。秀吉との縁は強いといえど…って感じですね。そんな中でのまさかの長丸、後の秀忠の登場ですよ。まさか出るとは思いませんでした。縁が結んだまさかの出会い。ここから家康との縁が繋がるのでしょう。家康がどういう反応を見せるかも楽しみです。
長丸とはここから意気投合するのでしょうか。この後も厚遇されてますからね。
そういえば秀家とも意気投合してたような…権兵衛の能天気さが二代目には心地よいのでしょうかね。
そういえば、本陣となる城は石垣山一夜城ですね。センゴクでは軽く流されるのか詳しく描かれるのか、それも楽しみです。一応、北条への揺さぶりの一貫だからきちんと描くのかな?とにかく次回が楽しみです。
山中城を落とした豊臣軍。抵抗の強い韮山城を信雄に包囲させ、小田原へと兵を進める。そんな中、秀吉の元には多くの者が面会に訪れるのであった。
竹林の中で、兜の後立を長くした権兵衛。秀吉に顔見せし、気付いてもらう算段だ。しかし、部下たちは批判し強引な帰参願いするよう言う。しかし、権兵衛は知らない者ならともかく知音はしないほうがいいと言う。何故と問う部下に、何となくとしか権兵衛は答えない。部下は更に言う。他家に士官する道もあった、それでも東国まで来たのは仙石家で共に復帰したいからだ、そう強く言う。
権兵衛はその想いを理解している。しかし、だからこそ駄目だと考える。想いで突っ走ればその先にあるのは共倒れ。権兵衛はそれだけは避けたかった。皆で生きる道を歩みたいのだ。
諸将との会見を終え、秀吉の一行が竹林を通る。道の両脇には多くの者が平伏していた。その中に権兵衛もいた。
秀吉は気づき、仙石権兵衛なるか、そう言った。近習の者が命の如しと答えた。が、秀吉はそれ以上何も言わなかった。
何も無かった事に憤懣やる方ない部下たち。そんな中で権兵衛は笑い声が聞こえた。そして思い出す。竹中半兵衛の事を、そしてその時秀吉と交わした会話を。
知音に何かを求めたり利用するのを嫌う。
秀吉もまた思い出していたのだった。
彼の人に合掌する権兵衛。しかし、事情を知らぬ部下たちは未だ不満であった。
箱根は芦ノ湖まで兵を進めた豊臣軍。多くの夫役が告示されていた。
本陣となる城の普請が大規模で秀吉の目に止まりやすい。権兵衛はそう考えていた。しかし舞い込んでくるのは夫役ばかりで軍役では無い。軍役は韮山や上野武蔵方面で秀吉の目には止まりそうにない。
村吉は言う。皆、腐りかけていると。このままでは逃散や盗人になってしまうと。
藤兵衛は言う。有力な大名に陣借りして少しでもマシな役目をもらうべきだと。
有力な大名へのツテが無いわけではなかった。しかし、二十年以上も昔のことである。うまく行くかは分からない。しかし、このままでいいわけ無い。権兵衛は一人その大名を訪ねるのであった。
陣まで行くと、嘗て会ったことがある陪臣の今橋に遭遇した。早速、取り次いで欲しいと願う。だが、やはり難しかった。豊臣政権で二番目に権勢を誇っているのだ、取次の数も多い。そう簡単には会えぬのだ。
もはや諦めるしかないのだった。
その帰り。必死に心を鎮める権兵衛。古溪和尚に合わなかったら、とっくに心折れていた。権兵衛だって不満が無いわけでは無い。むしろ一番鬱憤が溜まっているのだ。その想いを乗せ石を蹴ろうとする。すると、それを静止する声が聞こえた。
それは自分が蹴ろうとした石だと、目の前の身なりの良い子供が言った。
権兵衛は間髪入れずに子供の頭を叩いた。そして言う、この石は自分の縁が導いたと。すると子供も身共が導いたとも言えると反論する。
続いて権兵衛は自分の悩みが大きいと言い、それに対して子供は自分の方が大きいと言う。権兵衛は子供の父が自分と同じ陣借りだと思っていた。しかし、父に失望したと語った子供は父の家臣は何万人もいると言う。
権兵衛は自分が失敗した事に気付いた。石を渡し、今あった事を忘れるように言うのだった。
顔面蒼白で帰ってきた権兵衛。そこに、とある大名の子息が人を探していると言う話が飛び込んできた。
変装して子供の元へと参じた権兵衛。しかし見抜かれてしまう。権兵衛が会った子供、それはツテを求めていた徳川家康の子、長丸であった。
長丸は権兵衛に共に河原で石投げをしようと誘うのであった。
なかなか上手く行かない権兵衛。秀吉との縁は強いといえど…って感じですね。そんな中でのまさかの長丸、後の秀忠の登場ですよ。まさか出るとは思いませんでした。縁が結んだまさかの出会い。ここから家康との縁が繋がるのでしょう。家康がどういう反応を見せるかも楽しみです。
長丸とはここから意気投合するのでしょうか。この後も厚遇されてますからね。
そういえば秀家とも意気投合してたような…権兵衛の能天気さが二代目には心地よいのでしょうかね。
そういえば、本陣となる城は石垣山一夜城ですね。センゴクでは軽く流されるのか詳しく描かれるのか、それも楽しみです。一応、北条への揺さぶりの一貫だからきちんと描くのかな?とにかく次回が楽しみです。
2019年3月31日日曜日
それぞれの想い
今週のセンゴク権兵衛は休載だったので、先週号に載った回の感想。
秀次自身が城攻めし、僅か半日で陥落させた山中城。これは望外の功であった。
秀吉は天下人の戦では無い、と言いつつも敵に与えた衝撃は大きいと言った。秀次の功を喧伝する事にする。が、前野や桑原は秀吉旗下の黄母衣衆の投入こそが勝因と言うのであった。
ともあれ、秀吉は秀次にも真心を注いでいる、そう言うのであった。
秀次の元に吉政が現れる。今回の武功を褒める為である。しかし、秀次は険しい顔をしていた。彼は解っていた、自分が焦っていた事を。今回は偶々武功になったのだと。
吉政は言う。とかく成功した、と。これで次代の天下人は秀次と皆は見ると。
秀次は言う。叔父上の喜ぶ顔が見たいと。
仙石隊は遺体の収容をしていた。籐兵衛は村吉に言う。此度の消極策は英断と。大名の一柳までもが討死している、仙石隊が全滅していてもおかしくない。
一方、村吉は言う。悲壮な覚悟で来た者もいる。渡辺了の武功を目前としているのだ、腑に落ちない者がいてもおかしくないのだ。
これでは、まるで。そう言いかけた村吉の言葉。それに続くように三国一の臆病部隊と言う声が聞こえた。遺体を運びつつ現れた権兵衛の声であった。
権兵衛は言う、まずは大局が一番と。そして更に言う。あの時嫌な予感がしたと。
もし、あのまま乗り込んで武功争いになれば、下手したら逆さ磔になる。その可能性もあったと権兵衛は言う。
藤兵衛は考え過ぎと言うが、そこに渡辺了と黄母衣衆がもめとるとの噂が聞こえてきたのであった。
さて、再び吉政に呼び出された権兵衛。そこで秀吉と秀次の関係を相談される。
政治的な思惑も重なり、心から秀吉が秀次を褒めてくれるのか、と。
秀次は言う。こればかりは直接会わねば分からんと。そこで吉政は秀吉の様子を見て欲しいと言うのだが、当然不可能。権兵衛は自分は牢人だぞ、と反論する。
うっかりしていた、そう答える吉政。と同時に権兵衛の復帰を願う。無論権兵衛も早く復帰したい。だからこそ、とりなして欲しいと言う。
しかし、根回しも癒着扱いされる昨今である。吉政は難しいと言うのであった。
秀吉は他の物が見ている前で、秀次を大いに褒める。徳川との敗戦を許し。尚且、学んび成長した秀次を天下人として申し分ない、と称える。
秀次は涙を流し喜ぶのであった。
秀吉へは様々な者から手紙が来る。その中には女房衆もある。秀吉は返信で、淀殿だけでは無く、他の大名達の妻も呼び寄せようと書いたのだ。と、同時に鶴松への想いも。
そんな事は知らない権兵衛は、秀吉に気付いてもらえるように兜の装飾を伸ばそうか、とか考えているのだった。
最初、馬の角を伸ばすのかと思った。
よく見ると、サジの後立を触っているんですね。
さて、秀吉と秀次の間は微妙な空気ながら、秀吉の人たらし部分が復活しているので上手く言ってますね。このまま何もなければ、豊臣政権は盤石ですね。
でも、そうはならなかったんだよ……
あと、権兵衛は上手く行きそうで行かない、って感じ。少なくとも最悪は避けれているけど。とはいえ、その時は近いのでしょうけどね。
山中城を抜き、次は小田原城です。この先も楽しみですね。
秀次自身が城攻めし、僅か半日で陥落させた山中城。これは望外の功であった。
秀吉は天下人の戦では無い、と言いつつも敵に与えた衝撃は大きいと言った。秀次の功を喧伝する事にする。が、前野や桑原は秀吉旗下の黄母衣衆の投入こそが勝因と言うのであった。
ともあれ、秀吉は秀次にも真心を注いでいる、そう言うのであった。
秀次の元に吉政が現れる。今回の武功を褒める為である。しかし、秀次は険しい顔をしていた。彼は解っていた、自分が焦っていた事を。今回は偶々武功になったのだと。
吉政は言う。とかく成功した、と。これで次代の天下人は秀次と皆は見ると。
秀次は言う。叔父上の喜ぶ顔が見たいと。
仙石隊は遺体の収容をしていた。籐兵衛は村吉に言う。此度の消極策は英断と。大名の一柳までもが討死している、仙石隊が全滅していてもおかしくない。
一方、村吉は言う。悲壮な覚悟で来た者もいる。渡辺了の武功を目前としているのだ、腑に落ちない者がいてもおかしくないのだ。
これでは、まるで。そう言いかけた村吉の言葉。それに続くように三国一の臆病部隊と言う声が聞こえた。遺体を運びつつ現れた権兵衛の声であった。
権兵衛は言う、まずは大局が一番と。そして更に言う。あの時嫌な予感がしたと。
もし、あのまま乗り込んで武功争いになれば、下手したら逆さ磔になる。その可能性もあったと権兵衛は言う。
藤兵衛は考え過ぎと言うが、そこに渡辺了と黄母衣衆がもめとるとの噂が聞こえてきたのであった。
さて、再び吉政に呼び出された権兵衛。そこで秀吉と秀次の関係を相談される。
政治的な思惑も重なり、心から秀吉が秀次を褒めてくれるのか、と。
秀次は言う。こればかりは直接会わねば分からんと。そこで吉政は秀吉の様子を見て欲しいと言うのだが、当然不可能。権兵衛は自分は牢人だぞ、と反論する。
うっかりしていた、そう答える吉政。と同時に権兵衛の復帰を願う。無論権兵衛も早く復帰したい。だからこそ、とりなして欲しいと言う。
しかし、根回しも癒着扱いされる昨今である。吉政は難しいと言うのであった。
秀吉は他の物が見ている前で、秀次を大いに褒める。徳川との敗戦を許し。尚且、学んび成長した秀次を天下人として申し分ない、と称える。
秀次は涙を流し喜ぶのであった。
秀吉へは様々な者から手紙が来る。その中には女房衆もある。秀吉は返信で、淀殿だけでは無く、他の大名達の妻も呼び寄せようと書いたのだ。と、同時に鶴松への想いも。
そんな事は知らない権兵衛は、秀吉に気付いてもらえるように兜の装飾を伸ばそうか、とか考えているのだった。
最初、馬の角を伸ばすのかと思った。
よく見ると、サジの後立を触っているんですね。
さて、秀吉と秀次の間は微妙な空気ながら、秀吉の人たらし部分が復活しているので上手く言ってますね。このまま何もなければ、豊臣政権は盤石ですね。
でも、そうはならなかったんだよ……
あと、権兵衛は上手く行きそうで行かない、って感じ。少なくとも最悪は避けれているけど。とはいえ、その時は近いのでしょうけどね。
山中城を抜き、次は小田原城です。この先も楽しみですね。
2019年3月17日日曜日
呆気ない幕引き
今週のセンゴク権兵衛の感想。
遊撃隊を登らせた後、それに続き権兵衛達も土塁を登る。
登った先には堀。その底には何人もの兵が落ちていた。それを見て部下達は先を急ぎ武功を立てようと言う。しかし、権兵衛は助けるのが天命と言いはしごを持ってこさせる。
藤兵衛らはその命を支持し、仙石隊一丸となって仲間の救出に乗り出すのだった。
堀を越え、出丸に侵入した渡辺率いる遊撃隊は三ノ丸方面へと進撃する。しかし木戸口の守りが固く、撃退される。守る松田康長は、大きな声で兵を鼓舞していた。
だが、状況は悪かった。北条氏勝は松田を呼び、援軍を頼む。搦手から侵攻する徳川軍が精強だからだ。松田は快諾し、その上で言う。氏勝に逃げるようにと。
松田は、大軍ゆえの油断を期待したが、その様子はまるで無い。このままでは半日も持たないのが彼の見立てであった。氏勝はその提案を受け入れ、城を出る。そして松田は城と運命を共にするのであった。
一見、無謀に見えた秀次の力攻めは成功した。歴戦の将達が容赦なく、連携をして城を攻める。
中村隊が城内に侵入。搦手を攻める徳川軍に対して兵が集中する。この兵の移動に紛れて遊撃隊が二之丸まで侵入に成功した。
豊臣軍諸将が攻め立てる中、秀吉は精鋭の黄母衣衆を投入する。
松田康長は討死し、狂騒の中引き鐘がなる。難攻不落の堅城、山中城は僅か半日で落城したのだ。それは豊臣の強さを知らしめるに十分過ぎる事であった。
しかし、犠牲も多かった。敵味方で二千近くも死亡したのであった。
そんな中、味方の救出をしていた権兵衛は武功無しで終えたのであった。
色んな意味でエゲツない、物量作戦で山中城は落城したました。そういえば、紀州辺りでもそうでしたね。というか、そこが物量作戦の嚆矢にしてましたね。
十分過ぎる戦果を上げた豊臣軍。次はそのまま小田原攻囲ですね。その後は支城の戦いも描くのかしら。と、言うか権兵衛の活躍はどこで描かれるのか。色々と気になる事が多いですね。
あと、家康とどこかで対面するのかな?次回以降も楽しみですね。
2019年3月3日日曜日
赤土の城
先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。
物見櫓より、山中城を遠望する秀吉と家康。石垣を用いてない山中城を見て、力攻めを選択する。
秀次の筆頭家老、田中吉政の元に山中城の土が届けられる。彼はその土を食べ、味が違うと言うのであった。
地元の猟師と共に秀次に献上する雉を獲っていた権兵衛。その時、滑って転びそうになってしまう。そこで気づき、猟師からも土が違うと聞く。山中城から先の関東は赤土。現在で言う関東ローム層である。滑りやすいこの土は、焼き物や農業には不向きな土である。反面、城造りには有利に働く。他よりも高く、滑りやすい土塁が出来るのだ。
これこそが、北条の城の堅牢さを作り出しているのだ。
陣借りの権兵衛に吉政から招集がかかる。そこには見知った大名、一柳、山内、中村もいた。つい昔の感覚で権兵衛は話しかけるが、皆は返答の代わりに咳払いをするだけだった。権兵衛は己の立場を弁え、下がるのだった。
吉政が皆を呼び出したのは、ここの土が普通の土を違うことを知らせる為だった。権兵衛もここぞとばかりに、赤土は滑ると叫ぶが咎められる。
さて、吉政は力攻めは控えるべきと考える。だが、秀次の意向、そして秀吉も力攻めを決断した。すでに諫言は能わず、ならば身命を賭して山中城を落とすと言う。その言葉に皆は鬨の声を上げるのだった。
皆が帰る中、吉政は権兵衛に声を掛ける。吉政も権兵衛の事は知っていたのだ。吉政は権兵衛が陣借りにしては勇んだ目をしてないのを疑問に思い、声を掛けたのだ。権兵衛は答えて、それで失敗し、ここで野盗扱いされてると言う。吉政は重ねて尋ねる、何しに来たのかと。権兵衛は戦場がしっくり来るからと答える。
吉政は持っている握り飯を権兵衛に勧め、言う。救援部隊に回ってくれぬかと。
権兵衛はこれを快諾した。しかし部下達は不満であった。権兵衛はこれが天命と思い、さらに失敗の恐ろしさを誰よりも知っている自分たちこそ相応しいと言う。だが、部下達は渋々認めるのであった。
ついに、山中城の攻城が始まる。出丸への先陣は一柳、中村、山内の3隊である。しかし、秀次に最初に届いたのは大名格の将の討死の報であった。
討ち取られたのは一柳直末。やはり、土が滑って大将を守れなかったのである。配下の者が影武者をするも、一旦退かざるを得なかった。
その報を聞き、立ち上がる秀次。前野長康に落ち着くよう言われるが自分は冷静だと言う。秀次は家康に敗れた時より学んで来たと言い、その戦術眼を示す。
一柳隊はまだ士気が落ちておらず、退かせれば逆に全体の士気が落ちると秀次は見る。大将無き一柳隊は大手を攻めるふりをさせ、囮をする。中村隊に後詰を送りこちらを主攻とする、そういう考えだった。
一柳隊に援軍を送らぬ冷徹さ。前野は了承し、命令を伝えに行く。吉政は、秀次自身も攻め登るを逸らぬように言い、秀次も了承する。
権兵衛達に命令が下る。あえて中村隊を救援する事に、秀次がここが攻め時と考えている事を権兵衛は悟る。その事を配下にも伝え、武功に焦らぬよう言い救援に向かう。
物見櫓から戦況を眺める秀吉は不満であった。敵の何十倍もの兵を持っているのだ。イチかバチかの攻勢に出るなど天下人の戦では無い、そう思った。だが、すでに攻勢に出た後である。秀吉は法螺を呼ぶのであった。
中村一氏は攻め倦ねていた。他の隊が動かぬからだ。配下の渡辺了は今が覚悟する時だと言う。そして、そこに秀次からの救援が届く、今が攻め時との命と共に。
一氏は主力が敵を抱える間に遊撃部隊を攻め上がらせる。そして救援に駆けつけた権兵衛にも遊撃の渡辺を助けるように言う。遊撃の助けの為に、はしごの支えや肩を貸す仙石隊。そんな土塁越えの最中、秀吉の法螺の音が鳴り響く。総攻撃の合図である。
土塁を越え、出丸に侵入する渡辺を始めとする遊撃部隊。しかし、彼らの前に現れたのは北条系城郭の妙、障子堀である。
まさかの、田中吉政の登場である。これは予想外ですね。近江八幡や岡崎柳川など築城でしられる彼だから、土の違いをしれたのですね。おにぎり持っていたりしてたのは、領内を弁当持って見回ったエピソードからですかね?たしかそんなエピソードがあったはず。今後の活躍が楽しみです。
そして、秀次。確かに有能になりましたね。冷徹な判断も出来るし。ただ、ちょっと秀吉と考えがずれているのが心配です。まぁ結末は、ああなるんですけどね。
波乱の山中城攻城戦。次に現れるのは障子堀です。堀障子って書いてありましたけどそれでも正解なのかな。兎に角、ワクワクな展開が続きますね。楽しみです。
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