2017年9月10日日曜日

勝利は目前……

 今週のセンゴク権兵衛の感想。


 仙石隊の横槍に合わせる様に信親隊が攻撃を仕掛ける。その両脇を桑名、十河の両隊が固める。
 攻守は完全に逆転し、豊臣軍が島津軍を押し始めた。

 それを見た鶴賀城の城兵は勇気づけられた。そして、味方を鼓舞する為鬨の声を上げるのだった。

 島津にとっては完全に誤算であった。しかも背後を襲った部隊が長宗我部元親に敗れていた。もはや利あらず、島津軍は退却するのだった。

 権兵衛達の大勝利。

 
 かに見えた。



 本陣の家久の元に敗報が届けられる。しかし家久は自若泰然とし、出陣しようとする。
 家臣達は押し留め、一度態勢を立て直すべしと言う。しかし彼の目は変わっていた。

 神降りした家久が遂に出陣するのだ。



 まるでこのまま勝利しそうな展開でしたね。
 一度は押しに押したけど…軍神家久がどうするのか、楽しみですね。

 そう言えば、元親は退路の確保で前線にいないだよね。そして権兵衛達は前線…戸次川の戦い、クライマックスまであと少しですね。

2017年9月3日日曜日

釣り野伏、反撃、そして

 先週と今週のセンゴク権兵衛の感想。


 もはや敗北は避けられぬ。しかし、信親は奮闘する。必ず、父元親が退路を確保すると。

 一方、元親は背後の伏兵の排除に動く。信親を心配する部下に、息子なら大丈夫だと言い退路の確保に務める。

 権兵衛は伏兵ありきなのに動揺する兵に驚きを隠せなかった。とは言えやる事は一つである。信親の援護の為全軍を鼓舞する。

 劣勢である信親の部隊。権兵衛を非難する兵を窘め、再び奮起する。ここは死地では無いと。


 崩れ行く信親隊を支えようと桑名、十河が敵に殺到する。それに答える様に自分を誇示し奮戦する信親。
 十河に支持され、信親の元に来た四郎は敵部隊が無い隙間を発見する。そう、信親が囮になった事で空いた隙間だ。
 それに気付くと同時に背後から声が掛けられる。主君、仙石秀久である。
 彼もまた、その勘で嗅ぎ当てたのだ。
 仙石隊はその隙間より敵に横槍を掛ける。ついに島津軍は崩れ始めた。

 豊臣軍の反撃が始まったのだ。



 結果は知っているのでなんとも……
 これが最後の攻勢なのかな。
 それにしても信親が目立ってますね。四国征伐と合わせて考えると、人生を全うしようとしてる感があります。
 彼らの最期は決まっています。さぁ、どうなるのか楽しみです。

2017年8月20日日曜日

家久の掌

 お盆やら何やらで遅くなった、センゴク権兵衛の感想を。

 今回と前回のを。


 信親は勇猛果敢に敵陣へと切り込む。その勢いに島津軍は圧倒される。

 これぞ好機と十河や桑名も攻勢を掛ける。

 味方優勢の報を聞く権兵衛。背後からの伏兵は未だ出ない事もあり、砂治と覚を残し前線に出る事とした。

 一方、元親はこの報を聞き、不安に成っていた。囮では無いかと。逸る部下を諌め、持ち場を離れなかった。


 そう、全ては島津必勝の釣り野伏の罠の中であった。


 島津が押されいる。それでも総大将家久は静かに仮眠を取っていた。そして、豊臣軍が小川を越えた報が届くや否や、眼を見開き、その采を振るった。

 合図と共に伏兵が現れる。権兵衛たちが警戒した背後だけでは無い。側面、そして逃げる前方にも伏兵を排していたのだった。逃げていた伊集院隊も反転して攻撃に加わる。三方が敵、そして残りの西は川である。完全に包囲されたのであった。

 信親は鉄砲で反撃しようとした。しかし島津は臆する事無く向かってくる。
 もはや、彼らの頭には敗戦の二文字が浮かぶのであった。


 という訳で攻勢から一気に敗北濃厚になりましたね。伏兵は警戒してても、此処まで大規模とは予想してませんでしたからね。あっても背後から。
 これは義弘の援軍が良かったですね。ただ、援軍無くても島津が押し切りそうだけど。

 大ピンチの権兵衛たち。このあとどうなるか。元親はどう動くか。来週のセンゴクが楽しみです。

2017年7月23日日曜日

兵力差

 今週と来週はセンゴク休載、ですって。


 と言う訳で、先週のセンゴク権兵衛の感想。


 緊張漂う豊臣軍。一方、家久は物見から敵の数を聞いていた。それは自身の想像よりも少なかった。

 これより前、進軍に手間取っていた島津義珍(義弘)は自軍より一万を家久への援軍としてよこした。これは、対大友の主攻を自身から家久に移したも同然であった。
 故に、家久の軍は倍以上に増えていた。当然、豊臣軍を遥かに凌ぐ数である。

 家久は日没まで何刻か聞き、それまでに豊臣を殲滅すると言う。

 ついに、家久軍動く。第一陣は伊集院隊。向かうは敵左翼、十河隊である。

 十河は敵が予想以上にいる事に驚き、後備の権兵衛に援軍を求める。
 四郎からの伝令を聞き、権兵衛はまず後ろを確認する。敵の伏兵が現れて無いか、である。しかし、伏兵は姿を見せない。
 そこで、部下に伏兵を警戒するように言い、自分は前線への援軍として赴く事にした。


 遂に戦闘が始まった。そんな中信親は武者震いしていた。
 自分は戦いが好きだ。そう思うのだった。



 いきなり兵力差がついて、負けそうな感じですね。まぁ、負けるんだけど。
 結果は分かっているけど、どうそこへ繋げるか楽しみです。
 信親のフラグ多そうだけど、十河のフラグも出て欲しいな。権兵衛とは、結構長いしね。

2017年7月9日日曜日

危険な策

 今週と先週のセンゴク権兵衛の感想。


 鏡城に入城した権兵衛率いる豊臣軍。そこで、鶴ケ城の城主の死亡と島津が軍を引いた事を知る。
 明らかに誘っている。取り敢えず、元親の発案により付近の地形を見る事にする。
 付近に詳しい戸次によると、川の渡しの向こう側、山の裏手が窪地になっていると言う。鏡城側からは見えず、絶好の兵の隠し場所である。
 十中八九、伏兵がいる。ではどうするか。そこで権兵衛はとんでもない事を言う。伏兵を無視して進軍するのだ。
 長宗我部達は反対する。山と川、そして島津軍に囲まれるだけでは無いか、と。
 しかし、権兵衛は伏兵がバレれば敵は次の策を取る。そうなるより、手の内が分かる策に飛び込む方が良い、と。また最初から奇襲されると分かっていれば敵に遅れは取らない。そして、権兵衛は今までも同じ死地を抜けてきた。そう長宗我部と戦った引田の時もである。
 そんな権兵衛に十河と大友は乗る気であった。
 元親らは不安であった。しかし、権兵衛が考えを翻す事はなかろう。それならば一つ策を提案する。
 それは、前陣を従とし後陣を主とする策である。後陣で伏兵を素早く処理し、前陣と合流して正面の敵を撃破する策だ。
 これを権兵衛は採択し、陣立ても決まった。態と敵の策に飛び込む、危険な戦いが始まろうとしてた。

 自軍に戻り説明する権兵衛。後陣の仙石隊と前陣十河隊、その間の連絡役として田宮四郎を任命する。十河からの推薦でもあった。そして、奇しくも信親の隣の陣となった。


 この戦い、本来なら鶴ケ城からの横槍がある豊臣軍が有利である。
 しかし、城主が戦死、落城寸前の状況、そして城下の焼き討ちなどにより、それは叶わぬこととなっている。
 圧倒的に豊臣軍が不利なのだ。


 寒中の渡河を開始する権兵衛達。渡河中に襲われる事を警戒する兵士たち。
 対岸には時折人影が見えるもそれだけである。
 四郎や権兵衛は敵の間者と考えるが、何もしてこない。態と渡らせようとしている、そう権兵衛は考える。
 かつて秀吉から聞いた、何かに突き動かさる、と言う言葉。権兵衛は今それを実感していた。

 無事に全軍渡り終え、陣を敷く。すると、敵の狼煙が四方から上がる。遠くからは鎧の音が聞こえる。鬼が出るかスサノオが出るか、開戦の時はすぐそこであった。


 なかなかクレージーな策でした。確かに次どう出るか分からないよりは…ですけど危険過ぎますよね。後、権兵衛が挙げた合戦、全部負け戦だし。
 そして、敵も分かって渡河させてる感じがします。家久と権兵衛二人の邂逅がどうなるのか楽しみです。

2017年6月25日日曜日

いざ出陣

 最近、中日の調子が良くて嬉しいです。


 今週は休載でしたので、先週のセンゴク権兵衛の感想。


 意地とか、義心とかでは無い。ただ戦う。それのみだった。
 元から戦う気であった十河は同意する。だが元親は不満であった。
 長宗我部勢は命に従わぬ事も視野に話し合うと、その場を後にする。権兵衛は、当然であると、彼らを見送った。

 元親は、信親が同意する、と思い。秀吉の命に従うように諭す。それは元親が秀吉と謁見した時に思ったことだった。秀吉の天下は長くない、と。
 今は、秀吉の命に従い、その時まで雌伏する。それが元親の出した答えだった。
 そして、信親はそれに従い歳を重ねるよりも、今戦いと言うのであった。

 十河は大仏殿の灰を酒に混ぜ、権兵衛と共に飲んでいた。十河は三好の家風は恙無くとは真逆と言う。


 仙石、十河、そして長宗我部も進撃軍に加わる。そしてなんと大友義統も。
 彼は、自分が出れば島津は自分を狙うと考え、囮として加わったのだ。
 
 権兵衛は彼らを率い鶴ケ城へと進軍開始する。


 一方鶴ケ城では城主が戦死していた。だが家久は城を落とさず、来援する敵を待っていた。


 権兵衛達は鏡山城に入場する。目の前には戸次川と鶴ケ城。その時は目前である。


 元親が、秀吉の天下は短いと見立てていたのは面白かったですね。
 それに対する信親の思いも、いいですね。

 さて遂にその時ですね。一週お預けで、さて来週楽しみですね。

2017年6月11日日曜日

権兵衛の戦

 交流戦、なんとか五割で乗り切って欲しいですね。
 それにしても中日、調子いいですね。これならAクラスも夢じゃないね。


 先週と今週のセンゴク権兵衛。


 府内に戻った権兵衛。しかしそこは、かつての安土の様に混乱の坩堝だった。
 権兵衛は騒いだり、盗みをした者を斬ると言い。実際に盗みを働いた者を斬ろうとした。
 しかし、義統はそれを止めようとする。権兵衛は彼の性格から止めるのを予想していた。そして、斬るのを止め、どうしてこうなったのか、義統に反省を求めたのだった。

 混乱を収めた権兵衛は十河と合流する。そして今後の事を元親に相談するのだった。

 元親は唯一良い事があったと言う。それは島津が本国に攻め入った事であった。これにて、秀吉の惣無事令が大義を成すのである。言外に権兵衛らに期待をしていた事を成し遂げたのである。
 後は、府内のみを守り、秀吉の到着を待つだけである。
 しかし、それは臼杵の宗麟を見捨てる事でもあった。元親は言う、当主はあくまで義統である。そして、親は子の為に、その身を犠牲にしても惜しくない、と。

 そんな中、信親が帰還する。ほとんど戦闘無く戻ることが出来た信親。それは仙石家家臣、田宮四郎のおかげであると言った。
 四郎共々、無事に帰還した信親達。権兵衛は礼の言葉を言い、頭を下げるのであった。


 そうこうしている内に、秀吉から書状が届く。内容は権兵衛らへの叱責であり、軽々しく動くな。そう書かれていた。
 同じ内容の書状が宗麟にも届けられた。しかし宗麟は、島津の怖さを知らぬ、と不満であった。

 権兵衛は斎藤から、島津の進軍状況を聞いていた。後の義弘こと、義珍は途中で足止めを食らっていた。一方家久の軍が鶴ケ城まで迫っていた。
 斎藤曰く、本当に恐ろしいのは家久では、と。かつて家久と会った光秀もその才を評価し、須佐之男の如くと言われたそうだと。
 権兵衛は興味を持つも、斎藤に戦うなと諭されるのだった。

 
 十河、長宗我部らと共に軍議をする。しかし答えは出ていた。府内での防衛戦である。十河は、敵の家久の軍とは数が互角と言う。だが権兵衛は反論する。今の戦は上を伺ってのものであると。
 元親はもとより防衛戦と考えており、権兵衛に賛同する。
 かくして、軍議は終わった。


 一人物見櫓に登る権兵衛。もうすぐ天下一統、戦も終わる。そしてこれまでの事を反芻する。そして強敵を前に戦わないでいる自分の事を……


 元親は有り得ないと言った。再び軍議を開いた権兵衛に元親は問う。権兵衛の考える戦とは何か、と。
 権兵衛は言う。色んな武将がその中で輝いたり、没落したり。そして、生きるために戦うのだと。


 
 なんだか真田丸での戦の中でしか生きられぬ者って感じですね。
 権兵衛や三郎は、四国攻めで不完全燃焼でした。なのでこの最後かもしれぬ戦でしっかりと戦いたいんですね。しかも、須佐之男とも称される強敵ですからね。
 元親は反対でしょうが、信親はどうなんでしょう。彼もまた四国攻めで不完全燃焼でしたからね。同意するのかな?

 いよいよ戸次川の戦いです。如何にして戦い抜くのか楽しみです。